口の健康をどう守るか


2006. 8月
 7月初旬、景気が回復したとして、政府、日銀はいわゆるゼロ金利解除を宣言しました。しかし一方で、公立病院の治療費未払いの総額が昨年3月末時点で約80億8千万円、そして未払いの理由の約8割は財政的な理由からと聞くと、景気回復という言葉がなんだか別世界のことのように響きます。
 バブル崩壊をきっかけに、終身雇用制、右肩上がりの賃金アップ等、それまでの「常識」が崩れ去り、いつリストラされても不思議ではないという新しい「常識」がすっかり定着してしまいました。
 「万一」を常に意識して生活している中から、はたして購買意欲の高まりやそれによる内需拡大が実現するようにはとても思えません。
 また、土地神話の崩壊や破産等による差し押さえを身近で経験すると、確固とした存在と思っていた「物」が、決して絶対的な存在ではないということも実感として知りました。
 それでも、この時代を生きてきた日本人は、厳しい経験から多くのことを学んだような気がします。
 一番大事なものは何か、本当の幸せとは何か---バブル崩壊はこんなことを真面目に考える絶好のチャンスでもあったわけです。
 さらに、ちょっとやそっとのことでは慌てない、めげない、そんなしたたかさを身につけた方も多いのではと思います。
 ところで、皆さんにとって「一番大事なもの」とは何でしょうか。
 私は、自分や家族の健康ではないかと思います。
 健康とは身体的な健康ももちろんですが、つきつめると心の健康ではないかと思います。
 心が健康であれば、明日に希望をもちながら生きていけます。これがすなわち Quality of Life=生活の質 ではないでしょうか。
 身体的な健康は心の健康のためにあるはずですが、必ずしも必要条件ではないようです。なぜなら、体に障害があっても健康的な生き方をしている人はたくさんいますし、逆に体や物に不足はなくても、明日に希望をもてずに生きている人も少なくありません。また、自分が病気になった時、つまり健康ではなくなった時に、生きていることの意味や健康のありがたさを実感できるということも真実です。
 私たち歯科医療に携わる者の仕事は、皆さんの口をはじめとする体の健康を維持回復し、そのことを通じて、生きている質を高めていただくお手伝いをすることではないかと思っています。その意味で、体にとって健康的な生活をすることにより心身共に健康に向かうというプロセスは、とても好ましく思われます。
 しかし一方で、健康をすべて心の問題に置き換えてしまうことにも危機感を覚えます。精神論のみでは解決できないことも実際多々あるのです。
 国は、健康や福祉の基本的考え方として、「自助」「互助」を強調しますが、これを耳にするたびに、国は国民の健康に対する責任を放棄したように聞こえます。医療に携わる者は、国民の健康に対して国の果たすべき役割についても、常にチェックする姿勢を持ち続けなくてはならないと考えています。
 いま国は医療費を抑制するために躍起になっています。それも、真に疾病を減らして抑制するのではなく、患者負担を増やし、診療報酬を引き下げ、これまで適用とされていた疾病を保険の対象から外して、といった小手先の手法を使って抑制しています。
 こんなやり方をする国に対し私たちは、国民の健康状態をどのレベルにし、それを達成するためには今後何年かけてどれだけの投資をするつもりなのか、そしてそのために、国民にどういう義務を課し、どこまで社会保障として国が守るつもりなのかということをはっきり国民に提示すべきだと主張しています。
 昨年度まで、国は国民の口の健康維持には定期的なチェック、つまりメンテナンスが必要との考えから、包括(個々の処置ではなく、全部をひっくるめた診療報酬体系)ではありますが、管理費用の設定をしてきました。ところが今年度から、文書提供を義務づけるとともに、管理費用を実質的に1/3程度に引き下げる改定を行ないました。医療の現場では、報酬は下がる、時間はとられるのダブルパンチです。内科等と違い、歯科では書きながら診療することは不可能です。もちろん会話をしながらの治療もできません。
 ですから、今後メンテナンスは自費で行なうという歯科医院もあります。
 医療費は低いということは、受診者にとっては一見よいことのように思われます。しかし、医療機関もある程度の利益が出なければ、優秀なスタッフを雇用することも、また新たな設備投資をすることもできません。長期的にみるとこのことは受診者にとって決してよい結果にはなりません。
 私たちは、こういった厳しい環境を改善すべく継続的に運動していくつもりです。また同時に、現状の下でどこまで工夫してよりよい医療ができるかも、常に考えていきたいと思います。

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