歯科医療の再生をめざして

2010年1月



 自民から民主に政権党が交代し、4ヶ月あまりが過ぎた。
 総選挙に臨み、民主党はマニフェストの中で、「医療、介護の再生」を謳っていた。小泉改革以来、疲弊しきったこの分野の再生には、国民として、そして医療に携わる者として大いに期待している。
 しかし一方で、「事業仕分け」段階での長妻厚労相の「診療報酬を引き上げると、患者負担、保険料の増加につながる」という発言は、先のマニフェストを掲げた新政府の医療担当者として、はなはだ見識を欠いた発言といわざるをえない。
 なぜ、自己負担率の見直しに言及しないのか、理解に苦しむ。
 野田財務副大臣に至っては、「診療報酬の全体的な底上げでは、医師不足で悩んでいる診療科に医師が集まる動きにはならないのではないか。報酬の配分の大胆な見直しを行うことが大前提だ」と言明している。
 これは、ある科の診療報酬をさらに引き下げることでマイナスのインセンティブを作り、不足している科への医師の流れを作ろうという発想であり、さらに看過できない発言である。
 これらの発言には、医療福祉を国力、国民生活再生の礎と位置づける発想が欠落している。
 また現政権与党が、とりわけ疲弊しきった歯科医療をどのように立て直すかも皆目見当がつかない。
 ただ「事業仕分け」等、手法は未整備なものの、情報公開と現場からの意見の吸い上げを行う姿勢は感じられる。
 これまで、たとえばレセプトオンライン義務化の法令にしてみても、誰がどういうプロセスでなんのために推進しようとしているのか、ブラックボックス状態であったことからすれば、かなりの進歩である。
 しばらくは試行錯誤を繰り返しながら、一定の形に落ち着くことであろう。
 これまでの「仕分け」以降の紆余曲折を見るにつけ、見直し段階のうちに、現場から意見をあげることが重要と思われる。

 歯科医療では、相変わらず経営的に厳しい状態が続いている。
 政府を動かし、この状況を改善するために、我々歯科医はあらゆる手段を講じ、国民的コンセンサスを形成することが不可欠である。
 国民にとっては、窓口負担は少ないに越したことはない。
 診療報酬の評価を適正化することは、この国民感情と一部矛盾するため、それ相当の根拠を示さなくてはならない。
 つまり、適正化が国民にとっての利益につながらなくては、我々の要求は決して支持されることはない。
 国民の支持をとりつけることなく政治力に頼ろうとすれば、これまでの歯科界の手法と変わらなくなり、かえって国民からの批判の対象となろう。
 少なくとも、国民の健康に寄与しようという職種の要求が、国民の利益と対立するという矛盾は避けなければならない。

 逆に、不当に低い歯科診療報酬がなぜ国民の利益に反するか、整理してみたい。
 評価が低すぎれば、薄利多売ではないが、数をこなして経営を守ろうとするのが一般的で、不況下の小売業界ではよくとられる手法である。
 しかし、歯科医療でこのようなやり方がとられると(すでにこれが現状なのだが)、
* 単位時間あたりに能力以上の患者を診療するーーー(質の低下)
* 不要な処置が行われる素地を生む
 たとえば、本来経過観察すべき対象に対し、過剰診療、つまり必ずしも必要でない切削や抜歯が行われる危険性が生じる(過剰介入)  
 不可逆的である分、医科での薬剤の過剰投与より深刻
* 無理、無謀な自費診療が行われる素地を生む
  たとえば、十分な経験がないまま、保存できる可能性のある歯を抜歯して、  
 歯槽骨のない部分へ強引なインプラント治療を施す(特別な医療技術だが、
 メーカーの販売促進活動もあってか、あまりにも多くの歯科医が手がけてい
 るが、はたして予後は? 長期的エビデンスは?)
といった状況が生まれ、患者国民にとっては重大な不利益となろう。
 さらに深刻なのは、厳しい経営状況の「改善」のため、大切な歯科衛生士、
歯科技工士などのコ・デンタルスタッフの賃金、労働条件の悪化という事態が起こり、それによりこれらの職種の転職、廃業を加速する懸念もある。
 特に歯科技工士では深刻であり、優秀な技術をもつ歯科技工士が日本から消えてしまうというとんでもない状況も現実もを帯びてくる。

 こういった厳しい状況に対し、一部に混合診療を推進しようという動きもみられる。
 その前に、これまで医科では、エビデンスに基づいた最新技術を保険に導入しようとしてきた経緯がある。
 一方歯科では、多くの処置の評価があまりにも低く抑えられてきたせいもあるが、最新技術を保険に導入しようという努力があまりにも不足していたという事実を認めねばなるまい。
 その結果、「保険診療の不採算部分を自費で賄う」という構図がいつの間にか定着してしまった。
 混合診療をはじめ、自費で保険診療の不採算分を補填しようという考え方には、患者の利益にも反する多くの問題点がある。
* 自費が常識的範囲を超えるような高額になる
* 自費への患者誘導が起こりやすい
* 予後や価格を巡って患者とのトラブルを生じやすい
* 保険診療の質が低下しやすい
* 保険診療の評価の改善が起こりにくい
* 自費に関わる機材の価格が高めに設定されやすい
* 景気の悪化により、さらなる経営的悪化が起こりやすい(需要の所得弾力性が大きい)

 つまり、歯科保険診療の低評価や混合診療の導入は、患者を前にして、自院の経営を考えながら治療方針を出すような環境を作りやすく、これは患者にとっても、医療側にとっても不幸なことである。
 一言でいうならば、患者のための最善の医療より、医院経営にとって最善の医療が実践される可能性がさらに高くなる。 

 最近のデンタルショーでは、メーカー各社歯科用CT、マイクロスコープ、CAD/CAM、クラスBオートクレーブ等、現在の歯科保険点数の実態からあまりにもかけ離れた価格帯のものが目立つ。
 価格自体が高額な分、メーカーは売り込みに躍起になっている。
 厳しい経営状況の渦中にいる歯科医は、藁をもすがる気持ちで、「---があれば」それだけで自分の技術レベルが上がり、他との差別化ができるという錯覚に陥りやすい。しかし、返済能力を超えた過剰な投資は、歯科医自身の診療に対するポリシーやスタイルまで歪曲しかねない。
 一方厚労省にしてみれば、歯科医療機関の「自発的な過剰投資」は、医療費の国庫負担を抑えるにはまことに好都合である。
 歯科医療費に対して歯科医療機関数が飽和状態となっている(歯科医療が実質的に飽和状態になっているわけではない。歯科医療費が少なすぎるため、評価が低すぎるために経営的に困難になっているだけ)現在、過当競争が日常化している。
 この状況下では、設備、患者接遇面で、医療機関から持ち出しの投資が行われやすい。
 厚労省にとっては、わざわざ点数評価しなくても現場で勝手に投資してくれるという、まさに漁父の利にあずかれる。
 政権が交代した今こそ、本来の歯科保険診療の充実を目指し、運動を進めていくべきではなかろうか。

 新年早々、厳しいことばかり話題にしたが、ここでうれしい出来事にも触れたい。
 昨年群馬県保険医協会で作製した、BP(ビスフォスフォネート)製剤服用者への注意を促すポスターを見て、「BP飲まなくてもいいか、内科の主治医に聞いてみます」という患者が数名いた。国民の生活の中で、歯科のロイヤルティは確実に高まっていることを実感した。
 また、長年歯周病の管理で通院している多くの患者から、処置後診療室を出る際に、「がんばります」という言葉をいただいた。これは、歯科医療に対する患者の主体性を素直に表した一言といえまいか。
 さらに、民主党の議員の中から、日本は諸外国に比べ医療費の対DGP比が低水準であるとして、「適切な医療費を考える民主党議員連盟」が発足し、政府に意見をあげているのも頼もしい限りである。

 歯科医療の崩壊とは、単に歯科医院の経営難を指すのではなく、健康の維持増進を目指す医療が、かえって健康被害や医療訴訟を生むことへの危惧ととらえ、行動することが、保険医を名乗る我々歯科医の責任であろう。
      (2010年 群馬県保険医協会歯科版新春号「歯鏡」原稿)
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