社会保障と税制

2012年7月



 インド独立の父ガンジーは「幸せ」について、
Happiness is when what you think, what you say, and what you do are in harmony. (幸福とはあなたの考えること、言うこと、行うことが調和しているときのことである)という名言を残している.
 かつて青春時代にのめり込んだ、トルストイの「人生論」における「幸福とは」に通じる高邁(こうまい)な幸福観である.
 この幸福観にどこか非現実的な響きを感じるのは、私自身の不徳によるものであろう.
 私の個人的幸福観は、「今という時間に心が満たされ、明日に希望がもてる状態」といったところか。
 要するに、「幸せ」とは人により感じ方が異なるものなのかもしれない.しかし、少なくとも制度的に人を不幸の痛手から緩衝するための仕組みが社会保障であると考えられる.

 ところで、私たち日本人は自らを幸せだと感じているのだろうか。
 米フォーブズ誌に掲載された、2011年1月発表の英レガタム研究所(The Legatum Institute)による「豊かさ指数」(The Prosperity Index)というのがある。
 世界の主要国をすべて含む110カ国のなかで、日本は18位。
 トップ3はノルウェー、デンマーク、フィンランドで、いわゆる福祉国家といわれる国々である.
 ここで、あるレポートによるデンマークの例をみてみよう.
 「前略−−−デンマークは人口550万人の小さな国だ。総じて教育水千が高く、価値観が共有されているという均質性もこのような福祉国家が成立していることの背景にある。
デンマークの国民負担率(所得に対する税金と社会保険料の割合)は71.7%にも上り、世界一だ。これは単純化すると、1000万円稼いでも税金や社会保険料で700万円以上も国や自治体に持っていかれるということである。
 個人の払う主な税金は、住民税が所得の25‰、医療保険8%、雇用保険8%、さらに所得税を5〜15%。他にも株収入税、固定資産税などがある。加えてすべての商品やサービスに25%の付加価値税(消費税)が課せられる。他に面白い税金の例として、バターやチーズなど摂りすぎると健康を損う可能性のある食品にかけられる「脂肪税」というものまである。
 消費税を10%に上げるのにも四苦八苦する日本からは想像もつかないが、デンマークではこのような高負担に不満をもらす声はほとんどない。−−−後略」
          「国際金融と日本『共有すれば、豊かになれる』」より

 高い税率でも、それに対する国民の不満が少ないのは、所得の良好な「再分配」が実感できるからであろう。  

 一方日本では、今の政府に対し、次のように思う国民は少なくないのではなかろうか.
「今だって生活が楽ではないのに、これ以上消費税を上げられたら、家計はさらに圧迫される.しかも、年金だっていくら戻るかわかったものではないから、自分で老後の備えもしなくてはならない。それより増税はしないといった民主党が増税のための法案を通そうと必死になっている.この分だと、その他の国民向けの公約もやがて反古にされるかもしれない」
 税率の高いデンマークと、それより格段に税率の低い日本とで、国に対する国民の信頼が完全に逆転しているようである.

 自身が身体的、社会的弱者になったときに、国がきちんと守ってくれるという確約があるなら、多少税金は高くてもそれを払えるときに払うことに対して、国民は納得するのかもしれない.つまり税という、収支からみるとマイナスの面が、将来の社会保障というプラス面と直結しているということであり、国民にとってこの感覚は、税制を甘受する上で極めて重要な要素である.

 日本国憲法25条では、生存権と国の社会的使命について次のように規定している.
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障、及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない.」
 
 政府は、「税と社会保障の一体改革」の言葉の順序がまずいとの批判からか、いつのまにか「社会保障と税の一体改革」と名を改めた.
 そしていま、「税」のほうは増税に向かって大きく踏み出たようだが、「社会保障」のほうは何一つ進んでいない.やはり政府が第一に考えているのは最初のほうの言葉の順序だったようである.
 目的が失われた増税は果たして何のための増税なのか。「一体改革」の「一体」とはいったい何のことか、25条をふまえて、政府には納税者に対し納得できる説明が欲しい.
 
 先にも触れたが、社会保障と税をリンクするということは、所得の再分配を意味する。
 そして、社会での弱者ほど社会保障費は必要とされ、税はそこに再分配されるべきであろう。
 一方で、国の経済的発展という面からは、社会的公平性や貧困対策だけでなく、社会の活力を維持向上するという観点も当然重要である。
 ひとつは、社会保障関連の雇用を促進することは可能である.
 さらに、社会保障がしっかりしていれば、「万一に備えて」といった個人や家庭の「自己防衛費」は抑えられようから、貯蓄から購買という経済行動へシフトする余裕が生まれるはずである.
 そしてこれらは、税収という社会保障の基盤作りに直結するはずである.

 今の日本は多くの国民が将来への不安という北風に晒されている.
 政府には、国民が安心して外套を脱いでくれるような、揺るぎない太陽の恵みをもたらす努力をしてほしいものである.


 「群馬県保険医新聞 2012年8月号「社会保障と税制」に掲載」

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