QOL向上のために口腔ケアを

2014年10月



 QOLという言葉はもうずいぶん日常生活にとけ込んだ感があります。
 ご存知の通り、「生活の質」という意味です。
 ただ生きているというだけでなく、気持ちいいとか、楽しいとか、生きててよかったと思えるとか、あるいは今は苦しいけど明日に希望が持てるとか、生きていることを実感しながら生活しているか、ということが問われているのです。
 現代社会では、このQOLの向上ということが、特に医療の分野では重視されます。
 その医療の中でも歯科医療は、がんなどの特殊な場合を除き、「死」に直面することはあまりありません。
 でも、お口のどこかに痛みや腫れ、かみにくい、歯がないといったトラブルがあると、即QOLの低下につながります。
 これらのトラブルがあると、食事がとりにくい、会話がしにくい、見た目が悪いといった、日常生活で常に行う行為に支障を来すからです。
 あるいは常時その苦痛により、物事に集中できず、それが新たなストレスという、QOLを低下させる要因をもたらします。

 さて、2012年の厚生労働省の調査によると、日本で認知症の方が440万人、軽度認知症の方が380万人いるとされています。
 これらに方々のサポートにおいて注目されているのが、口腔ケアであり、「食」をはじめとする口腔の機能の問題です。
 「食」とは、単に栄養の摂取だけでなく、文化的な意味合いも含まれ、それこそが人間のアイデンティティ=人間らしさではないでしょうか。
 人とともに食べる---そこには必然的に会話というコミュニケーションがうまれ、楽しさや充実感というという感動が生まれます。
 これこそがQOLの向上につながるのです。

 東京医科歯科大学名誉教授 中村嘉男氏は、その著書「咀嚼する脳」の中で、以下のように述べています(私の意訳であることをご容赦願います)。
「かまなくても栄養の摂取できる食品が多い中、ヒトはなぜ義歯まで使って噛もうとするのか。一方で私たちがおいしいと感じる風味は、味覚だけでなく嗅覚、触覚、温度覚等、諸々の感覚が関与していて、これは噛むという行為なしでは知覚できない。風味は、個人が生まれてから現在までの記憶を想起する上で重要。
 民族料理、郷土料理、そして個人レベルではおふくろの味というものがある。
 ヒトの食事は、民族、郷土、個人の歴史と深く結びついた文化的行動である。
 ヒトは、食事の風味を楽しむときに、民族の歴史や自分自身の生い立ちに思いを馳せる。
 人生は思い出の集積であり、それはこの世にただひとりしかいない自分自身、つまりアイデンティティの基盤である。このことは、記憶喪失者が自分の過去の思い出を失うことにより自分のアイデンティティを喪失することからも明らか。
 つまり、風味は自分のアイデンティティを確認する重要な手段であり、私たちは食事のたびにこの確認作業の強化学習を行っているといえよう。
 これが咀嚼の大きな意味である。」
 実に意味深い見識ですね。

 これにさらに、ともに食べるというコミュニケーションが加われば、脳の活性化、会話による咀嚼筋の活性化、唾液の分泌促進、副交感神経の刺激による消化機能全体の活性化といった、まさに認知症を予防するためのトレーニングにもなるのです。

 つまり口腔ケアは、アイデンティティの確認作業を円滑に行うため、そして認知症予防のための重要な手段であり、QOL向上につながるのです。

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