歯科、その将来像

2017年1月



  新年を迎え、気持ち新たにより良い1年を願う日本の文化はありがたい。
 たとえ前年に嫌な思いをしても、ご破算で仕切り直しができる。

 さて今回は、多分に私見を交えながら歯科の明るい将来を模索したい。
 最近の歯学部、歯科大での教育事情はどうなのか、非常に興味がある。
 歯科医の将来像をどのように示しているのだろうか。
 私の歯学部生時代(1980年代)はといえば、歯の欠損や初期のカリエスを放置することは歯科医としての怠慢、あるいは治療放棄とみなされた。
 一口腔単位という概念が重視され、口腔全体を一つの治療対象と捉えた。あえて別の言い方を許していただければ、口腔内の問題点を列挙し、それらを全て治療すべき「問題点」として扱った。
 そこにはCOという概念はなかった。
 そして、一定以上動揺のある歯は、多くの場合抜歯の対象となった。
 当時東北大では、FMCのマージンは歯肉縁下に設定するよう教育された。縁上に設定すると、そこが二次カリエスの発生部位となるからというのが理由だった。
 そして、金属と歯との境界を最小限にするため、Crの長いマージンは避けるよう教えられた。ちなみに私は現在、FMCであってもできるだけ縁上形成し、3/4Crや4/5Crでは、結果としてかなり長いマージン設定をしている。

 当時多くの歯科関係者は、処置をすることが使命であり、それが機能的審美的に口腔の正常な状態を維持、改善することにつながると信じていた。
 問題の部分を除去、その欠損部を代替材料で充填あるいは置換し、咬合平面から突出した部分はできるだけ削合してそろえ、動揺のある歯はこれまた削合して連結する。それこそが患者の利益になると確信していた。
 
 御多分に洩れず、20代から30代にかけて、私は治療のためによく歯を切削した。当時当院のユニットには、それぞれモーター1台とエアタービン4台を装備していた。バーを交換する時間と手間をできる限り省きたかった。そして来院する患者のほとんどにそれら切削器具を使用していた。
 さらに、起こした作業模型を熟視して形成の状態を確認し、厚顔無恥にも、割と綺麗な形成に良好な予後を確信していたものだった。

 どれほどの歯を削ったろうか。
 それによって自らの技術レベルを上げさせていただいたのだから、患者には感謝しきれない。
 歯の切削に勤しんだ結果、30年以上経った今、患者の口腔内はどうなっているか。
 動揺歯の固定を目的に、欠損を含めた13から23までのBrは15〜20年ほどは問題なく経過したものの、25年を過ぎた頃から全体の動揺が大きくなり、30年経過したときには、支台歯ごと脱落した。動揺歯と健全歯を支台として連結したBrは、当初患者はなんでも噛めると喜んだものの、突然Crとポンティックの間で破損し、動揺のあった歯は抜けてしまった。
 患者ももちろんだが、処置をしたこちらも頑張った分ショックだった。
 自覚症状は何かをきっかけに突然現れることが多いが、その後は多くの場合、咬合状態は下り坂を転がるように崩壊の一途をたどる。
 別の方法を選択したり、あるいは何もしなければここまでの結果にはならなかったのではないだろうか、自問自答する。
 「なんでも噛める」ことは、長い目で見た場合、果たして患者の利益になったのだろうか。

 最近は、たとえ1歯の欠損であっても、簡単にBrという決断はできなくなった。機能的に問題なければ、あえて何もしないという選択もする。定期的に通院してくれる患者が多くなったからかもしれない。
 歯科の専門誌などで、ほとんどカリエスのない(あるいはごく小さい)歯を、エナメル質がなくなるほど削合してきれいなセラミックCrが装着された写真などを見ると、不快感さえ覚える。

 一方現在は、歯は削るほどその寿命が短くなるというのが歯科的なコンセンサスとなっている。
 もちろん歯科診療の現場では、歯を切削するというデメリットより、切削してもQOLが高まるというメリットが重視される場合も多いし、そういったアプローチも必要であろう。
 それでも、10年後20年後の予後を考えると、そういった医療行為が歯科診療の中心であってはならないのではと思う。
 健康への気づきは、辛い、あるいは痛い経験から生まれるのが一般的である。
 「一病息災」とはよく言ったものである。
 文字通りの意味は、一つくらい持病があるほうが、かえって体を大事にして結果健康でいられるという例えである。
 健康への気づきという観点からはこれを、一度病気で嫌な思いをしたことがその後の健康観にプラスに生かされる、という解釈はできないだろうか。
 予防(厳密には、現在の保険制度では予防は給付の対象外である)や管理のための来院を一般化することが、歯科ができるより大きな社会的貢献になるように思う。コ・デンタルスタッフの役割が一層大きくなる。
 それを推進、定着させる鍵としては、
*通院や処置自体が苦痛でない
*通院が健康にプラスになっていると、患者(通院者)自身が実感できる
*医院が患者(通院者)のデータを持っている(管理している)
*患者(通院者)の口腔の状態、経過が数値化(グラフ化)できる
といったポイントが挙げられそうである。
 さらに、歯科の成人検診等の充実も望まれるところである。

 2018年には、医療保険と介護保険の同時改定が行われる。
 在宅や周術期医療の分野で、歯科のアプローチが必要とされつつある今、さらに一般診療でも評価を高められるような歯科の将来像を提示していきたいものである。
 (群馬県保険医新聞歯科版2017年新年号掲載文の原稿)

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