若葉とポポー

ゴールデンウィークの真っ只中。

 今年の春は比較的、というか記録的に気温が高く、4月中に真夏日がありました。そのせいか、季節の移り変わりも早いように感じます。

 いずれにしても、この時期は木々の葉も淡い影を落とし清々しい気分になれます。

 一枚は玄関の上に葉を伸ばすハナミズキとヤマボウシです。青空のもと、命の芽吹きを感じます。

 もう一枚はポポーの花です。

 数年前にご近所さんからいただいたポポーの株が、今年初めてチョコレート色の花をつけました。

 バンレイシ科の植物で、英語ではpawpawのスペルなので、ポーポーが正しいのかもしれません。アケビのような実をつけ、独特の甘い香りで、今度は結実を期待してしまいます。

冬の月

 二月も下旬になると、寒いながらも真冬に比べ日長を感じられるようになりました。 

 診療後、ふるえるような寒さの中ふと西の空を見ると、なんとも言えない素敵な光景が目に入りました。

 すっきりとした上弦の月ももちろんですが、近くに瞬きをしない、つまり惑星と思しき星が2つ、音楽で言うとピアノとバイオリン、そしてチェロのトリオといった風情でしょうか、まさに絵になるような、いえ絵になっていました。

 あとで調べてみたら、月のすぐ右上が金星、そしてずうっと上にあるのが木星とのことでした。

 この構図のリズム感、どこかで見たおぼえがあり、記憶を辿ったところ、宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」にたどりつきました。皆さんのご感想、いかがでしょう。

そうだったのか語源㉞  -音楽用語 その他-

さて、これまでにピックアップし忘れたものを思い当たる限りオムニバス的に。

 ちなみにomnibusのomni-には、全- 総- 汎-といった漢字が当てられている。そこから「乗り合いバス(自動車)」と和訳されている。ここでは、落ち穂拾いよろしく、取りこぼしたものの「寄せ集め」といった意味で使うこととする。

 まず、コンサート等で使われるステージ。

 ステージ(stage)とは、(俗)ラテン語の「staticum」という単語が語源で、「立つ空間」の意味になる。これは英語のstand、あるいはstance=スタンス(立場、姿勢、立ち位置)の語源でもある。

 現在、英単語として「stage」と言った場合は、「足を付ける場所」「舞台」「位置」「段階」「時期」「演劇」などの意味を持つ。

 次に、唐突だが「フラメンコ」について。

 flamenco=フラメンコはご存知の通り、スペイン南部アンダルシア地方を中心とした伝統的な舞踊である。

 この語源には諸説あるが、最も信憑性の高い説をご紹介しよう。

 このflamencoというスペイン語は、英語で「炎症」を意味するinflammationと関係があるとされる。すなわち、この-flame-と英語で「炎」を意味するflame が同源ということである。炎症は燃えるようにジンジンと熱を持ち、一方フラメンコは心が燃えさかるような情熱的な舞踊だからこの名がついたとされる。

 ちなみに、鳥のflamingo=フラミンゴもラテン語で「炎」を意味するflammaから名づけられたとされている。おそらく鳥の羽の色から連想されたものであろう。現在、和名では「ベニヅル」とされているが、明治時代にはより原語に近く、「火鶴」や「火烈鳥」等の漢字が当てられていた。それまでの日本のツルの清楚なイメージからすると、かなり強烈だったのであろう。

 さて、音の速さのことをtempo=テンポという。これはイタリア語だが、英語のtimeに相当し、広義で時間のことを指す。

 一方、解剖学の分野では側頭骨(頬から耳の前にかけての部分)のことをラテン語ではos temporaleという。このtemporaleには側頭あるいは側(横)-といった意味は全くない。

 ラテン語のtemporaは「こめかみ」を指すが、これは同じくラテン語で「時」を意味するtempusに由来する。先ほどのtempoもここに語源がある。

 ではなぜ、「こめかみ」と「時」が関係するのか。

 諸説のうち説得力があるのは、こめかみの毛、つまり鬢(びん)が歳を重ねるにつれ最も早く白髪になり、人生の「時の流れ」を感じさせるから、というものである。メガネフレームの側頭部に触れるつるの部分も同義でtemple=テンプルという。    

 ちなみに、tempusには「切る」を意味するtem-に由来しているという説がある。つまり、「時の区切り」を意味し、獣肉を食べない「四句節」のtempora=時節に食した魚料理が天ぷらの語源となったというものである(これも諸説あり)。

 その意味では、tempusを「時節」と和訳すれば、さもありなんと腑に落ちるのではなかろうか。    

 話題はまた変わるが、オペラは一般的には「歌劇」と和訳される。

 ところがワグナーの作品の場合、オペラに分類されるものを楽劇と呼ぶ。

 Musikdrama(独)の和訳だが、アリアに重きを置いたそれまでのオペラに対し、ワグナーは音楽と劇の進行をより一体化、融合させたものを創作し、自らこの名をつけたとされている。

 とはいえ、ワグナーの初期の作品は、内容的には従来のオペラ=歌劇のスタイルを踏襲している。厳密には、後期に作られた「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「ニーベルングの指環」「パルジファル」の4作が楽劇のジャンルに属するとされている。詳しくは定かでないものの、誤解を恐れずにいえば、現在のミュージカルに近いものといえないだろうか。    

 音楽の演奏会で使われる「公演」とは、「公開の席で、芝居、舞踊、音楽などを演ずること」とされている。  

 フランス語では、昼公演(日中の公演)をMatinée=マチネと言い、原語の意味は、「朝」「午前中」「正午前」。これに対し夜の部をSoirée=ソワレと言い、日没から就寝までの「夜の時間帯」を指す。

 オペラ観賞に使われるオペラグラスという双眼鏡がある。

 オペラハウスで観劇用に使われたのが、その名の由来。

 では、いわゆる双眼鏡との違いはというと、まずは小さくて軽いということ。     

 これは、その目的が観劇用なので、使っていても周囲の観客に迷惑がかからないことと、長時間保持しても疲れないことが重要である。そのため構造はシンプルで、2枚の凸レンズのみで構成されている。一方の双眼鏡は筒の中にプリズムが使われ、さらに凸レンズと凹レンズの組み合わせにより倍率を上げ、より遠くの物を鮮明に見ることが出来る。ただしその分、大きくて重い。

 次に、「こけら落し」とは、新築、あるいは改築された新たな劇場で初めて行われる催しを指す。

 元々の意味は、建築工事の最後に、屋根に残った木屑等を払い落とすことだった。

 「こけら」には、「杮」「𣏕」「木屑」「鱗」等の字が当てられている。

 前者3つが、材木をおのや鉋(かんな)等で削った時にできる削り屑や木片を指す。ちなみに、「杮」は果物の「柿」に似ているが、後者の旁(つくり)は市町村の「市」だが、前者のそれは縦棒が一本でつながっている。残りの「鱗」はこれらとは別で、魚などのうろこを指す。が、鱗も木屑に似ていないとはいえないので、ひょっとすると同源なのかもしれない。

 ちなみに、歯科で歯石を除去することをscaling=スケーリングというが、元々は魚のscale=鱗を取り除くことを指していた。表面に付着した物を取り除く行為が似ているからであろう。

 閑話休題。

 工事で出た木屑等を片付けてきれいにする事と、きれいになった劇場での初公演を同一視してできた言葉ではないだろうか。 あるいは、「こけら落し後の初公演」を略して「こけら落し」としたのかもしれない。

 次に、楽屋とはいかに。

 一般的には、舞台の出演者が支度をしたり休息をとる控室を指す。しかし本来は、それだけでなく舞台裏、つまり衣装係や大道具、小道具係等のいる場所全体を指していた。

  では楽屋の「楽」とは。

 実は、舞(まい)を伴う雅楽である「舞楽」が由来とされている。雅楽は、奈良時代に朝鮮や中国から伝わった音楽や舞、あるいはそれを日本でアレンジしたものを指す。ちなみに、舞を伴わないものを管楽と言う。

 舞楽の演奏者を楽人と言うが、この楽人が演奏をする舞台後ろの幕の内側を「楽之屋(がくのや)」と呼んでいた。これが楽屋の語源とされている。

 その後、能が登場したが、能ではこの楽人に当たる演奏者を囃子方(はやしかた)と呼ぶ。囃子方はそれまでの楽屋ではなく、舞台上で演奏するようになり、次第に楽屋は演奏する場所ではなく、現在のように出演者の準備や休息をする場所を指すようになった。

 さて、弁当でも使われる「幕の内」とは。

 文字通り、芝居等での幕の内側、あるいは幕が閉まっている間=幕間(まくあい)をさす。ちなみに相撲界でいう幕の内力士とは前頭以上の力士、つまり、横綱、そして三役(大関、関脇、小結)、前頭までを指す。これは、幔幕(まんまく=土俵を囲むように、天井から張り巡らされる幕)の中に座を与えられたところからそう呼ばれているが、今回取り上げる「幕の内」とは直接の関係はないようである。

 では幕の内弁当について。

 まず舞台関係から生じた説としては、芝居で、役者や裏方に出していた(つまり幕の内)弁当を観客も食べるようになったから(場所に由来)、というもの。あるいは、役者が舞台裏=幕の内で食べる弁当だったから(人に由来)、という説もある。

 別説としては、戦国時代、戦陣の幕の内で食べた弁当だから、というものがあるが、真偽のほどはいかに。  

 クラシックで、suiteは組曲と和訳される。

 発音記号では[swiːt](スイート)あるいは[suːt](スーツ)となっている。

 ちなみに、甘いものを指すsweet[swiːt](スイート)とは発音は同じでも全くの別物である。

 ホテルなどの一続きの部屋を意味するスイートルームなどと同源で、今の日本語では、「セット」という言葉が本来の意味に近いかもしれない。

「全部で1セット」なので、家具や食器では馴染み深い。

 服のスーツ=suitも同源で、同一の布でつくられる、二つ以上のピースからなる上下一揃(ひとそろ)いの服を言う。

 それでは文字通り、最後に「フィナーレ」に触れておこう。

 「フィナーレを飾る」などという。

 これはイタリア語で「最後」を意味するfinale=フィナーレから。

 音楽では、「終楽章」「終曲」と和訳される。

 フランス映画では、おしまいにfinの文字が出る。英語のthe endの意味で「終わり」を意味するが、finaleと同源である。

 イタリア語のfinaleには「決勝」の意味もあり、英語のfinal=ファイナル「最後の」と同源であることが理解できる。

 触れず仕舞いのものも少なからずあるような心残りもあるが、とりあえずここまでとしたい。

新年の訪問者

2023年 明けましておめでとうございます。

太平洋側は比較的穏やかな年明けとなりました。

前橋は「赤城おろし」と呼ばれる冬の空っ風で有名ですが、風のない日は庭では小鳥たちのさえずりが賑やかです。

「カッカッ」という何かを叩くような鳴き声は「ヒタキ」の仲間のジョウビタキ(写真上)、「チッチッ」という軽やかな泣き声はメジロ(写真下)。

前者は単独行動、後者は集団行動が多いようです。

その他、前回ご紹介した、カオジロガビチョウやムクドリ、ヒヨドリ、モズもよく訪れます。

カオジロガビチョウ

春先から秋にかけて、我が家の庭を飛び交う鳥たちがいました。

それまでてっきりヒヨドリかと思っていました。

ヒヨドリは、顔の模様に多くのバリエーションがあります。

しかし、飛び方といいヒヨドリとは思えずどうしても合点がいきませんでした。

ある日、医院の窓に衝突したのか、この鳥が一羽死んでいました。埋めてあげたのですが、この時はメボソムシクイかと勝手に思い込んでいました。写真を撮っておかなかったことを今更ながら悔やんでいます。

その後も、何度も遭遇するのですが、なかなかシャッターチャンスがありませんでしたが、たまたまこの写真が撮れました。鮮明ではありませんが、顔の表情は感じられると思います。

「野鳥 茶色 顔に白いすじ」等、キーワードを入れて検索してみると、「カオジロガビチョウ」がヒットしました(かなり苦労しました)。「これだ!」と、なんだか宝を探し当てた子供のように興奮しました。

調べてみると、スズメ目ヒタキ科の野鳥で、本来東南アジアに生息する野鳥で、ペットとして飼われていたものが野生化したということです。

ガビチョウは、「画眉鳥」と書くそうです。目の周りにはっきりとした線があるからでしょうか。カオジロガビチョウはこれとはあまり似ていないように思います。  

Wikipediaで調べてみると、

「ガビチョウが茶褐色なのに対して灰褐色で、眼の周りから喉、嘴にかけて三角形状に白い。嘴は灰色。日本では群馬県赤城山の南面を中心とした狭い範囲でのみ確認されている。」とありました。

画像を検索してみても、撮影地は前橋が圧倒的に多く、かなりローカルな鳥のようで嬉しく思いましたが、侵略的外来種ワースト100にノミネートされているそうです。可愛いい鳥なんですけどね。

 そうだったのか語源㉝  -音楽用語 その3-

まずは楽器にまつわるエピソード。

 piano=ピアノは、ご存知のように正式にはイタリア語のgravicembalo col piano e forte(強弱のあるチェンバロ)が語源とされている。これが短縮され、ピアノとなっている。強いを意味するforteではなく、弱いというpianoだけの短縮形となっているのは興味深い。あるいは単にpiano e forteと、pianoが先だからだろうか。

 ちなみに、バロック音楽で使われるcembalo=チェンバロはイタリア語で、英語ではharpsichord=ハープシコード、フランス語ではclavecin=クラヴサンと呼ばれている。呼び方によって音色まで違って聞こえるように感じるのは、単なる先入観か思い過ごしだろうか。

 話はピアノに戻るが、歴史的にはpianoforte=ピアノフォルテやfortepiano=フォルテピアノと呼ばれ、現代でも略称としては “pf” という表記が用いられている。

 現代では、イタリア語・英語・フランス語ではpiano=ピアノと呼ばれ、ドイツ語ではHammerklavier=ハンマークラヴィーア、より一般的には Klavier=クラヴィーア(鍵盤の意味)と呼ばれるほか、Flügel=フリューゲル(もともと鳥の翼の意で、グランド・ピアノを指す。弦を覆う蓋の形からか)も用いられる。

 慣例的には、19世紀前半以前の様式のピアノを、モダンピアノと区別して特定する場合に「フォルテピアノ」と呼ぶことが多いようである。

 

 次にヴァイオリン(略語はVnあるいはVl)。

 これは英語で、イタリア語ではviolino=ヴィオリーノ、フランス語ではviolon=ヴィオロン。

 ヴィオラ、チェロ、コントラバス等ヴァイオリン属の胴の中央付近に左右に対象に開けられた穴を、その形からf字孔(f-hole)という。厳密にf字なのは左側で、右はその線対称形。この形により音色がかなり変わるそうである。

 この形が定着したのは、16世紀以降のイタリアで作られた楽器からで、それ以前は「c」や「s」の形に近かったそうである。

 「f」字になった理由には、(Cに比べ)強度に優れているから、英語で女性を意味するfemaleから(なぜ女性が関係するのかは不明)、あるいはより装飾的に美しいから等、諸説ある。

 それらも加味しながらより説得力のある説として、製作者が胴に駒(バイオリンを横から見て、弦が最も突き出ている部分を支えている衝立)を立てる位置を示すために、S字形にくりぬいた孔の中央部にたまたま刻み目をつけたのが始まりというもので、言われてみれば確かにその通りである。

 バイオリンは4弦で、日本では開放弦の音高のドイツ音名を用いて、E線・A線・D線・G線(えーせん、あーせん、でーせん、げーせん)と呼ぶことが多い。バッハが作曲した「管弦楽組曲第3番」の第2曲をウィルヘルミが編曲したArie auf G=「G線上のアリア」は、この最低音の弦であるG線のみを使って演奏することからつけられた通称である。一般的には「ゲー線上のアリア」ではなく、英語読みで「ジー線上のアリア」と呼ばれることが多い。

 次にこの弦の素材だが、以前はガット(羊の腸)が使われていたが、現在では意外にも金属弦やナイロン弦が主流となっている。胴には相変わらずスプルースやメープルが使われるのに、である。そういえば、ピアノの弦も金属である。

 金属弦やナイロン弦は、ガット弦に近い音色を持ちながら、ガット弦のように温度や湿度の影響を受けにくいというメリットがあるという。

 同じくヴァイオリン属のcello=チェロ。

 イタリア語のvioloncello=ヴィオロンチェロに由来するが、英語ではcelloと書いてセロと発音する(略語はVc)。日本人の私の耳には、セロよりチェロのほうが艶っぽく聞こえるが如何だろうか。

 さて、本体の大きさに比べると、指板(弦を指で押さえる部分)は意外にもヴァイオリンなどより若干細めである。ヴァイオリン属では低音楽器になるほど胴体と弦の角度が大きいため、ヴァイオリンに比べると駒が高く丈夫に作られている。弓もヴァイオリンなどより太いが、実は長さは逆に短い。

 弦は現在ではやはり金属弦が主で、低音弦には質量を保ったまま細く仕上げるために、タングステンや銀を使用した弦が使われることがあるそうな。

 バロック奏者においては、柔らかい音にするためか、ナイロン弦やガット弦が使用されることもあるが、音量やメンテナンス、耐久性に難があると言われている。

 管楽器のflute=フルートについて(略語はFl)。

 現在フルートというと、キーのついた金属製の横笛(正式にはコンサート・フルートという)を指すが、元々は広く笛一般の総称だった。ルネッサンスからバロック音楽の時代では、一般的にフルートというと現在のリコーダーと呼ばれる縦笛を指すようになった。一方、現在のフルートの前身楽器である横笛はflauto traverso=フラウト・トラヴェルソと呼ばれた(traversoとはイタリア語で「横向きの」という意味)。かつては主に木製だったが、現在では金属製が主流となっている。それにもかかわらず、フルートは木管楽器に分類される。

 実は、木管と金管の分類では、材質が金属か木かというのは重要ではなく、音の出し方で分類されている。フルートが木管楽器に分類されるのは、唇の振動によって音を出す楽器ではないからである。

 ちなみに、金管楽器はトランペット・トロンボーン・ホルン・チューバなど、マウスピースを口に押しつけ、唇の振動によって音を出す管楽器をいう。 一方木管楽器は、唇を振動させずに音を出す管楽器。フルート、リコーダー、尺八のように穴に息を吹き込むことで音を出すものと、クラリネット、サクソフォン、オーボエ、ファゴットのようにリード(薄片)を口にくわえて音を出すものがある。もちろん、元々は金管楽器の素材には金属が、木管楽器のそれには木が使われたものが多かったのだろうが。

 ちなみに、この分類からいえばほら貝は金管楽器ということになる(真偽は不明)。

 オーボエやファゴットは、2枚がくっついた形のリードでダブルリード楽器と呼ばれている。

 ここで問題となるのは、フルートにはリードがないということ。

 厳密に言うと、リードが無いのではなく、「エアリード」というものを使って音を出す。「エア」とはあの「エア(空気)」、つまり自分の口そのものがリードということである。

 「エアリード」とは、物体のエッジの部分に息を当て、その時生じる空気の渦上の流れにより音を出す仕組みを言う。

 物理的なリードが存在しないためノンリード 、あるいは無簧(むこう:簧がリードの意)とも呼ばれる。

保険医協会会長退任

 7月14日、梅雨の戻りのような大雨が降るあいにくの天気でしたが、群馬県保険医協会 第52回総会が開催され、私は無事、5年間務めた会長職を退任しました。

 これといって大きな仕事はしませんでしたが、逆に大きな失態も晒さずに(笑)、お役御免となりました。

 このあと、顧問、名誉会長に就任して事実上一線を退くのがこれまでの通例でしたが、私から希望して、平の1理事として残していただくことになりました。かっこより微力ながら何かお役に立てれば本望です。

 何れにしても、これでやっと自由な発言ができそうです(笑)。

 退任の挨拶のあと、思いがけず花束を頂いたとき、やはり退任した実感がふつふつと湧いてきました。

 皆さま、これまでのご支援ありがとうございました。

 そして、今後ともよろしくお願いいたします。

 その後、我が家の玄関では、しばらくユリの濃厚な香りが漂っていました。

 

そうだったのか語源㉜  -音楽用語 その2-

音楽用語は基本的にイタリア語、あるいはラテン語に由来するものが多い。    

 octave=オクターブについては以前にも触れたが、日本語では「8度音程」と訳され、これはラテン語のocta=8から派生したものである。ちなみに、8度=1オクターブ上がると周波数が2倍に、8度下がると1/2になる。

 独奏(唱も同じ)、二重奏、三重奏、四重奏を、一般的にそれぞれソロ、デュオ(デュエット)、トリオ、カルテットと言う。これらはイタリア語由来で、solo=ソロはイタリア語で単独の意、英語のisolate(=孤立させる)も同源である。duo=デュオはラテン語(その元はギリシャ語)の2、trio=トリオはラテン語のtri=3から。フランス国旗をtricolore=トリコロール(三色旗)と言うが、tri-=

3とcolore=色から成り、同源である。ちなみに、イタリア国旗なども3色だが、一般的に三色旗と言うとフランス国旗を指す。

 quartet=カルテットは、ラテン語の数詞“quartus”に由来し、4番目等を指す。イタリア語のquattro=クワトロも4を表し、英語の1/4を意味するquarter

も同源と考えられる。

 orchestra=オーケストラは、ギリシャ語の「踊る」が語源で、オペラのような音楽劇に付随した楽団を意味していた。オーケストラには、「管弦楽団」「交響楽団」「フィルハーモニー」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー交響楽団」等々、様々な呼称があるが、実は内容的な違いはほとんどなく、単に経緯による名称のつけ方の違いだけである。

 ちなみに、philharmony=フィルハーモニーとは、「愛する」を表すギリシャ語の接頭語のphil-と「調和、和音」を表すharmonyから成り、「音楽を愛する」という意味で、和訳では「学友(協会)」というのが最も語源に近いのかもしれない。

 さて、近年よく耳にするアカペラ。

 簡素な教会音楽の様式をいうが、ここから派生し、教会音楽に限らず声楽のみの合唱や重唱を指すようになった。実はイタリア語でa cappellaと表記する。つまりア・カペラである。

 イタリア語の前置詞aは、英語のatやtoの意味、cappellaは英語ではchapel、つまり教会のことで、a cappellaは「教会における」「教会風の」となる。

 ちなみに、ドイツには○○Staatskapelle=シュターツカペーレというオーケストラが多くある。このkapelleはcappellaと同源、Staat(s)は国や州(英語のstate)を指すので、州の協会といった意味だが、現在では○○国立(歌劇場)管弦楽団と和訳されている。

 やや似ているものにgospel=ゴスペルがある。これは英語で福音(書)を指す。一般的にはgospel music=福音音楽のことを略していう場合が多い。奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人の心情表現やアフリカ的なリズムが特徴とされている。

 cantata=カンタータは、イタリア語の「歌う」を意味するcantareから(既出のカンツォーネと同源と思われる)。交声曲と和訳され、器楽の伴奏付きの声楽作品をいう。

 ではaria=アリアとは。

 ちなみに英語ではair=エアー(詠唱と和訳される)。

 イタリア語の aria は音楽の旋律(メロディ)を意味し、その他「空気」や「態度」「雰囲気」等の意味もある。

 メロディが流れると、そこに人間のimagination=想像力によって独特の雰囲気が生まれることからairなのか。  

 アリアは一般にrecitativo=レチタティーボ(叙唱)と対をなし、歌手は後者で物語の状況を説明したあと、前者で自身の心情を吐露する。

 vocal=ボーカルは、楽曲の声の部分を担当する役割、あるいはそれを担当する人を指す。また有声音の意味もあるが(子音などの無声音は声帯を振動させないで発する音声)、一方でvocal cordsは声帯を指す。 

 これから察するに、vocalとは声帯を使って発声することが語源になっていると推察できる。

 さて、一見音楽とは無縁に思える言葉に「メリハリ」がある。

 漢字まじりでは「減り張り」と書き、邦楽用語の「メリカリ」から派生した言葉とされる。元の音(高い音)を「上り・甲(かり)」と呼び、それより半音低い音を「減り(めり)」と呼んだ。そこから「緩めることと張ること」を意味するようになり、さらに音の高低、強弱、そして物事の抑揚や明暗、緩急といった、いわゆるコントラストを表現するようになった。 

 現在ではあまり使われなくなった言葉に「乙(おつ)」がある。

 ちょっと気が利いていて趣がある様子をさす。

 これも上述の甲=「かり(=かん)」に対して半音低い音を指す「めり」と同義で、乙(おつ)と呼ばれ、別名呂(りょ)とも(ちなみに甲は、ある音に対して1オクターブ高い音も指す)。

 乙は甲に対し、やや暗い陰のある響きになるため、奥ゆかしさ、あるいは意味深長な雰囲気を醸し出す。そこから「乙な」という形容が使われるようになってのではなかろうか。日本人は、やや陰のあるものに惹かれるようである。

 和楽には疎いので、早くも話題を変えたい。

 長崎のお土産にビードロという、薄いガラスでできた素朴な音の出る楽器がある。ポルトガル語で、ガラスを意味するvidroが語源とされている。

 医学用語では、in vitro=イン・ビトロ  in vivo=イン・ビボというのがある。

 ラテン語で、前者は「ガラスの中」、後者は「生体内で」という意味である。

 前者はビードロと同源で、「ガラスの中」とは試験管や培養器での試験を指し、後者は生体内での試験を指す。ちなみに後者のvivoは英語のvivid=生き生きとした、生々しい、の語源である。

 さて、クラシックである作曲家の作品番号をOp.で表すことが多い。Opus=

オーパスの略であり、元々は芸術作品、音楽作品を意味する言葉である。基本的には作曲年代順につけられるが、時には分類後に見つかったものもあり、年代順でなかったり、あるいは⚪︎⚪-a ⚪︎⚪-bなどと表記されるものもある。︎

 なかには、作品番号に特別な記号が使われるものもある。

 有名なものでは、バッハはBWV、モーツァルトはK、シューベルトはD等。

 まず、BWVはBach-Werke-Verzeichnisの略で、音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが編集したもので、「バッハ作品総目録番号」あるいは「バッハ作品主題目録」と和訳されている。この目録は年代順ではなく、ジャンル別に分類されているのが大きな特徴である。バッハの場合、初演の日付が不詳であったり、あるいは一度出来上がった曲をあとから変更、加筆することが多く、年代順に編集することが困難だからとされている。

 次に、モーツァルトの作品に付けられているK.はKöchelverzeichnis=ケッヒェル目録の略で、ケッヒェルの編集によるモーツァルトの全作品の年代順目録に付けられた番号で、K.あるいはKVと表される。K.1からK.626(レクイエム)まで通し番号を付け、正式には「モーツァルト全音楽作品年代順主題目録」と和訳され、以後の作曲家作品目録のモデルとなっている。

 もう一つ、シューベルトの作品番号のD.はドイッチュ番号と呼ばれ、

Otto Erich Deutsch=オットー・エーリヒ・ドイッチュが作ったものである。

 ただし、シューベルトの作品の総数は約1000曲以上に及ぶが、この中には作品番号がつけられていないものが多い。未完のもの、断片、消失したもの、習作、偽作も存在するためと言われている。

前橋バラ園

数年ぶりに前橋敷島公園のバラ園に行ってきました。

朝9時に着いたのですが、すでに駐車場はほぼ満車。

午後からWebの会議が入っていたので、とにかく急いでバラ鑑賞。

素晴らしい出来栄えと、ベストタイミングでした。

これなら、遠くから足を運んでも後悔しないだろうと、前橋在住の身としては、少し誇りに思いました。

なにせ前橋は、県庁所在地なのに、全く都会的要素はありませんから。

これを観光資源にできたらと、ちょっと嬉しい一日でした。

ハナミズキ 今年も

4月17日の、拙宅玄関前のハナミズキ。

33〜34年前、家を新築した際、地域の森林組合の掘り出し市で、たまたま売れ残っていた高さ4mほどのハナミズキを玄関前に植えました。

毎年成長し続け、すでに6mほどになり、二階の屋根の太陽光パネルに影を落とすほどになりました。

個人的には、ハナミズキの木肌は柿の木のそれに似て、ザラザラしていて好きではないのですが、アメリカのワシントン、ポトマック河畔に植えられたサクラと同じく、葉より先に花が咲くので、独特の趣があります。

コチョウランのように、花が光に透けて見える、この光景が好きです。

そろそろ、コチョウランも屋外に出せる気候になるでしょう。