

2023年 明けましておめでとうございます。
太平洋側は比較的穏やかな年明けとなりました。
前橋は「赤城おろし」と呼ばれる冬の空っ風で有名ですが、風のない日は庭では小鳥たちのさえずりが賑やかです。
「カッカッ」という何かを叩くような鳴き声は「ヒタキ」の仲間のジョウビタキ(写真上)、「チッチッ」という軽やかな泣き声はメジロ(写真下)。
前者は単独行動、後者は集団行動が多いようです。
その他、前回ご紹介した、カオジロガビチョウやムクドリ、ヒヨドリ、モズもよく訪れます。
趣味の事を書いたブログです


2023年 明けましておめでとうございます。
太平洋側は比較的穏やかな年明けとなりました。
前橋は「赤城おろし」と呼ばれる冬の空っ風で有名ですが、風のない日は庭では小鳥たちのさえずりが賑やかです。
「カッカッ」という何かを叩くような鳴き声は「ヒタキ」の仲間のジョウビタキ(写真上)、「チッチッ」という軽やかな泣き声はメジロ(写真下)。
前者は単独行動、後者は集団行動が多いようです。
その他、前回ご紹介した、カオジロガビチョウやムクドリ、ヒヨドリ、モズもよく訪れます。


春先から秋にかけて、我が家の庭を飛び交う鳥たちがいました。
それまでてっきりヒヨドリかと思っていました。
ヒヨドリは、顔の模様に多くのバリエーションがあります。
しかし、飛び方といいヒヨドリとは思えずどうしても合点がいきませんでした。
ある日、医院の窓に衝突したのか、この鳥が一羽死んでいました。埋めてあげたのですが、この時はメボソムシクイかと勝手に思い込んでいました。写真を撮っておかなかったことを今更ながら悔やんでいます。
その後も、何度も遭遇するのですが、なかなかシャッターチャンスがありませんでしたが、たまたまこの写真が撮れました。鮮明ではありませんが、顔の表情は感じられると思います。
「野鳥 茶色 顔に白いすじ」等、キーワードを入れて検索してみると、「カオジロガビチョウ」がヒットしました(かなり苦労しました)。「これだ!」と、なんだか宝を探し当てた子供のように興奮しました。
調べてみると、スズメ目ヒタキ科の野鳥で、本来東南アジアに生息する野鳥で、ペットとして飼われていたものが野生化したということです。
ガビチョウは、「画眉鳥」と書くそうです。目の周りにはっきりとした線があるからでしょうか。カオジロガビチョウはこれとはあまり似ていないように思います。
Wikipediaで調べてみると、
「ガビチョウが茶褐色なのに対して灰褐色で、眼の周りから喉、嘴にかけて三角形状に白い。嘴は灰色。日本では群馬県赤城山の南面を中心とした狭い範囲でのみ確認されている。」とありました。
画像を検索してみても、撮影地は前橋が圧倒的に多く、かなりローカルな鳥のようで嬉しく思いましたが、侵略的外来種ワースト100にノミネートされているそうです。可愛いい鳥なんですけどね。

まずは楽器にまつわるエピソード。
piano=ピアノは、ご存知のように正式にはイタリア語のgravicembalo col piano e forte(強弱のあるチェンバロ)が語源とされている。これが短縮され、ピアノとなっている。強いを意味するforteではなく、弱いというpianoだけの短縮形となっているのは興味深い。あるいは単にpiano e forteと、pianoが先だからだろうか。
ちなみに、バロック音楽で使われるcembalo=チェンバロはイタリア語で、英語ではharpsichord=ハープシコード、フランス語ではclavecin=クラヴサンと呼ばれている。呼び方によって音色まで違って聞こえるように感じるのは、単なる先入観か思い過ごしだろうか。
話はピアノに戻るが、歴史的にはpianoforte=ピアノフォルテやfortepiano=フォルテピアノと呼ばれ、現代でも略称としては “pf” という表記が用いられている。
現代では、イタリア語・英語・フランス語ではpiano=ピアノと呼ばれ、ドイツ語ではHammerklavier=ハンマークラヴィーア、より一般的には Klavier=クラヴィーア(鍵盤の意味)と呼ばれるほか、Flügel=フリューゲル(もともと鳥の翼の意で、グランド・ピアノを指す。弦を覆う蓋の形からか)も用いられる。
慣例的には、19世紀前半以前の様式のピアノを、モダンピアノと区別して特定する場合に「フォルテピアノ」と呼ぶことが多いようである。
次にヴァイオリン(略語はVnあるいはVl)。
これは英語で、イタリア語ではviolino=ヴィオリーノ、フランス語ではviolon=ヴィオロン。
ヴィオラ、チェロ、コントラバス等ヴァイオリン属の胴の中央付近に左右に対象に開けられた穴を、その形からf字孔(f-hole)という。厳密にf字なのは左側で、右はその線対称形。この形により音色がかなり変わるそうである。
この形が定着したのは、16世紀以降のイタリアで作られた楽器からで、それ以前は「c」や「s」の形に近かったそうである。
「f」字になった理由には、(Cに比べ)強度に優れているから、英語で女性を意味するfemaleから(なぜ女性が関係するのかは不明)、あるいはより装飾的に美しいから等、諸説ある。
それらも加味しながらより説得力のある説として、製作者が胴に駒(バイオリンを横から見て、弦が最も突き出ている部分を支えている衝立)を立てる位置を示すために、S字形にくりぬいた孔の中央部にたまたま刻み目をつけたのが始まりというもので、言われてみれば確かにその通りである。
バイオリンは4弦で、日本では開放弦の音高のドイツ音名を用いて、E線・A線・D線・G線(えーせん、あーせん、でーせん、げーせん)と呼ぶことが多い。バッハが作曲した「管弦楽組曲第3番」の第2曲をウィルヘルミが編曲したArie auf G=「G線上のアリア」は、この最低音の弦であるG線のみを使って演奏することからつけられた通称である。一般的には「ゲー線上のアリア」ではなく、英語読みで「ジー線上のアリア」と呼ばれることが多い。
次にこの弦の素材だが、以前はガット(羊の腸)が使われていたが、現在では意外にも金属弦やナイロン弦が主流となっている。胴には相変わらずスプルースやメープルが使われるのに、である。そういえば、ピアノの弦も金属である。
金属弦やナイロン弦は、ガット弦に近い音色を持ちながら、ガット弦のように温度や湿度の影響を受けにくいというメリットがあるという。
同じくヴァイオリン属のcello=チェロ。
イタリア語のvioloncello=ヴィオロンチェロに由来するが、英語ではcelloと書いてセロと発音する(略語はVc)。日本人の私の耳には、セロよりチェロのほうが艶っぽく聞こえるが如何だろうか。
さて、本体の大きさに比べると、指板(弦を指で押さえる部分)は意外にもヴァイオリンなどより若干細めである。ヴァイオリン属では低音楽器になるほど胴体と弦の角度が大きいため、ヴァイオリンに比べると駒が高く丈夫に作られている。弓もヴァイオリンなどより太いが、実は長さは逆に短い。
弦は現在ではやはり金属弦が主で、低音弦には質量を保ったまま細く仕上げるために、タングステンや銀を使用した弦が使われることがあるそうな。
バロック奏者においては、柔らかい音にするためか、ナイロン弦やガット弦が使用されることもあるが、音量やメンテナンス、耐久性に難があると言われている。
管楽器のflute=フルートについて(略語はFl)。
現在フルートというと、キーのついた金属製の横笛(正式にはコンサート・フルートという)を指すが、元々は広く笛一般の総称だった。ルネッサンスからバロック音楽の時代では、一般的にフルートというと現在のリコーダーと呼ばれる縦笛を指すようになった。一方、現在のフルートの前身楽器である横笛はflauto traverso=フラウト・トラヴェルソと呼ばれた(traversoとはイタリア語で「横向きの」という意味)。かつては主に木製だったが、現在では金属製が主流となっている。それにもかかわらず、フルートは木管楽器に分類される。
実は、木管と金管の分類では、材質が金属か木かというのは重要ではなく、音の出し方で分類されている。フルートが木管楽器に分類されるのは、唇の振動によって音を出す楽器ではないからである。
ちなみに、金管楽器はトランペット・トロンボーン・ホルン・チューバなど、マウスピースを口に押しつけ、唇の振動によって音を出す管楽器をいう。 一方木管楽器は、唇を振動させずに音を出す管楽器。フルート、リコーダー、尺八のように穴に息を吹き込むことで音を出すものと、クラリネット、サクソフォン、オーボエ、ファゴットのようにリード(薄片)を口にくわえて音を出すものがある。もちろん、元々は金管楽器の素材には金属が、木管楽器のそれには木が使われたものが多かったのだろうが。
ちなみに、この分類からいえばほら貝は金管楽器ということになる(真偽は不明)。
オーボエやファゴットは、2枚がくっついた形のリードでダブルリード楽器と呼ばれている。
ここで問題となるのは、フルートにはリードがないということ。
厳密に言うと、リードが無いのではなく、「エアリード」というものを使って音を出す。「エア」とはあの「エア(空気)」、つまり自分の口そのものがリードということである。
「エアリード」とは、物体のエッジの部分に息を当て、その時生じる空気の渦上の流れにより音を出す仕組みを言う。
物理的なリードが存在しないためノンリード 、あるいは無簧(むこう:簧がリードの意)とも呼ばれる。

7月14日、梅雨の戻りのような大雨が降るあいにくの天気でしたが、群馬県保険医協会 第52回総会が開催され、私は無事、5年間務めた会長職を退任しました。
これといって大きな仕事はしませんでしたが、逆に大きな失態も晒さずに(笑)、お役御免となりました。
このあと、顧問、名誉会長に就任して事実上一線を退くのがこれまでの通例でしたが、私から希望して、平の1理事として残していただくことになりました。かっこより微力ながら何かお役に立てれば本望です。
何れにしても、これでやっと自由な発言ができそうです(笑)。
退任の挨拶のあと、思いがけず花束を頂いたとき、やはり退任した実感がふつふつと湧いてきました。
皆さま、これまでのご支援ありがとうございました。
そして、今後ともよろしくお願いいたします。
その後、我が家の玄関では、しばらくユリの濃厚な香りが漂っていました。

音楽用語は基本的にイタリア語、あるいはラテン語に由来するものが多い。
octave=オクターブについては以前にも触れたが、日本語では「8度音程」と訳され、これはラテン語のocta=8から派生したものである。ちなみに、8度=1オクターブ上がると周波数が2倍に、8度下がると1/2になる。
独奏(唱も同じ)、二重奏、三重奏、四重奏を、一般的にそれぞれソロ、デュオ(デュエット)、トリオ、カルテットと言う。これらはイタリア語由来で、solo=ソロはイタリア語で単独の意、英語のisolate(=孤立させる)も同源である。duo=デュオはラテン語(その元はギリシャ語)の2、trio=トリオはラテン語のtri=3から。フランス国旗をtricolore=トリコロール(三色旗)と言うが、tri-=
3とcolore=色から成り、同源である。ちなみに、イタリア国旗なども3色だが、一般的に三色旗と言うとフランス国旗を指す。
quartet=カルテットは、ラテン語の数詞“quartus”に由来し、4番目等を指す。イタリア語のquattro=クワトロも4を表し、英語の1/4を意味するquarter
も同源と考えられる。
orchestra=オーケストラは、ギリシャ語の「踊る」が語源で、オペラのような音楽劇に付随した楽団を意味していた。オーケストラには、「管弦楽団」「交響楽団」「フィルハーモニー」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー交響楽団」等々、様々な呼称があるが、実は内容的な違いはほとんどなく、単に経緯による名称のつけ方の違いだけである。
ちなみに、philharmony=フィルハーモニーとは、「愛する」を表すギリシャ語の接頭語のphil-と「調和、和音」を表すharmonyから成り、「音楽を愛する」という意味で、和訳では「学友(協会)」というのが最も語源に近いのかもしれない。
さて、近年よく耳にするアカペラ。
簡素な教会音楽の様式をいうが、ここから派生し、教会音楽に限らず声楽のみの合唱や重唱を指すようになった。実はイタリア語でa cappellaと表記する。つまりア・カペラである。
イタリア語の前置詞aは、英語のatやtoの意味、cappellaは英語ではchapel、つまり教会のことで、a cappellaは「教会における」「教会風の」となる。
ちなみに、ドイツには○○Staatskapelle=シュターツカペーレというオーケストラが多くある。このkapelleはcappellaと同源、Staat(s)は国や州(英語のstate)を指すので、州の協会といった意味だが、現在では○○国立(歌劇場)管弦楽団と和訳されている。
やや似ているものにgospel=ゴスペルがある。これは英語で福音(書)を指す。一般的にはgospel music=福音音楽のことを略していう場合が多い。奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人の心情表現やアフリカ的なリズムが特徴とされている。
cantata=カンタータは、イタリア語の「歌う」を意味するcantareから(既出のカンツォーネと同源と思われる)。交声曲と和訳され、器楽の伴奏付きの声楽作品をいう。
ではaria=アリアとは。
ちなみに英語ではair=エアー(詠唱と和訳される)。
イタリア語の aria は音楽の旋律(メロディ)を意味し、その他「空気」や「態度」「雰囲気」等の意味もある。
メロディが流れると、そこに人間のimagination=想像力によって独特の雰囲気が生まれることからairなのか。
アリアは一般にrecitativo=レチタティーボ(叙唱)と対をなし、歌手は後者で物語の状況を説明したあと、前者で自身の心情を吐露する。
vocal=ボーカルは、楽曲の声の部分を担当する役割、あるいはそれを担当する人を指す。また有声音の意味もあるが(子音などの無声音は声帯を振動させないで発する音声)、一方でvocal cordsは声帯を指す。
これから察するに、vocalとは声帯を使って発声することが語源になっていると推察できる。
さて、一見音楽とは無縁に思える言葉に「メリハリ」がある。
漢字まじりでは「減り張り」と書き、邦楽用語の「メリカリ」から派生した言葉とされる。元の音(高い音)を「上り・甲(かり)」と呼び、それより半音低い音を「減り(めり)」と呼んだ。そこから「緩めることと張ること」を意味するようになり、さらに音の高低、強弱、そして物事の抑揚や明暗、緩急といった、いわゆるコントラストを表現するようになった。
現在ではあまり使われなくなった言葉に「乙(おつ)」がある。
ちょっと気が利いていて趣がある様子をさす。
これも上述の甲=「かり(=かん)」に対して半音低い音を指す「めり」と同義で、乙(おつ)と呼ばれ、別名呂(りょ)とも(ちなみに甲は、ある音に対して1オクターブ高い音も指す)。
乙は甲に対し、やや暗い陰のある響きになるため、奥ゆかしさ、あるいは意味深長な雰囲気を醸し出す。そこから「乙な」という形容が使われるようになってのではなかろうか。日本人は、やや陰のあるものに惹かれるようである。
和楽には疎いので、早くも話題を変えたい。
長崎のお土産にビードロという、薄いガラスでできた素朴な音の出る楽器がある。ポルトガル語で、ガラスを意味するvidroが語源とされている。
医学用語では、in vitro=イン・ビトロ in vivo=イン・ビボというのがある。
ラテン語で、前者は「ガラスの中」、後者は「生体内で」という意味である。
前者はビードロと同源で、「ガラスの中」とは試験管や培養器での試験を指し、後者は生体内での試験を指す。ちなみに後者のvivoは英語のvivid=生き生きとした、生々しい、の語源である。
さて、クラシックである作曲家の作品番号をOp.で表すことが多い。Opus=
オーパスの略であり、元々は芸術作品、音楽作品を意味する言葉である。基本的には作曲年代順につけられるが、時には分類後に見つかったものもあり、年代順でなかったり、あるいは⚪︎⚪-a ⚪︎⚪-bなどと表記されるものもある。︎
なかには、作品番号に特別な記号が使われるものもある。
有名なものでは、バッハはBWV、モーツァルトはK、シューベルトはD等。
まず、BWVはBach-Werke-Verzeichnisの略で、音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが編集したもので、「バッハ作品総目録番号」あるいは「バッハ作品主題目録」と和訳されている。この目録は年代順ではなく、ジャンル別に分類されているのが大きな特徴である。バッハの場合、初演の日付が不詳であったり、あるいは一度出来上がった曲をあとから変更、加筆することが多く、年代順に編集することが困難だからとされている。
次に、モーツァルトの作品に付けられているK.はKöchelverzeichnis=ケッヒェル目録の略で、ケッヒェルの編集によるモーツァルトの全作品の年代順目録に付けられた番号で、K.あるいはKVと表される。K.1からK.626(レクイエム)まで通し番号を付け、正式には「モーツァルト全音楽作品年代順主題目録」と和訳され、以後の作曲家作品目録のモデルとなっている。
もう一つ、シューベルトの作品番号のD.はドイッチュ番号と呼ばれ、
Otto Erich Deutsch=オットー・エーリヒ・ドイッチュが作ったものである。
ただし、シューベルトの作品の総数は約1000曲以上に及ぶが、この中には作品番号がつけられていないものが多い。未完のもの、断片、消失したもの、習作、偽作も存在するためと言われている。


数年ぶりに前橋敷島公園のバラ園に行ってきました。
朝9時に着いたのですが、すでに駐車場はほぼ満車。
午後からWebの会議が入っていたので、とにかく急いでバラ鑑賞。
素晴らしい出来栄えと、ベストタイミングでした。
これなら、遠くから足を運んでも後悔しないだろうと、前橋在住の身としては、少し誇りに思いました。
なにせ前橋は、県庁所在地なのに、全く都会的要素はありませんから。
これを観光資源にできたらと、ちょっと嬉しい一日でした。

4月17日の、拙宅玄関前のハナミズキ。
33〜34年前、家を新築した際、地域の森林組合の掘り出し市で、たまたま売れ残っていた高さ4mほどのハナミズキを玄関前に植えました。
毎年成長し続け、すでに6mほどになり、二階の屋根の太陽光パネルに影を落とすほどになりました。
個人的には、ハナミズキの木肌は柿の木のそれに似て、ザラザラしていて好きではないのですが、アメリカのワシントン、ポトマック河畔に植えられたサクラと同じく、葉より先に花が咲くので、独特の趣があります。
コチョウランのように、花が光に透けて見える、この光景が好きです。
そろそろ、コチョウランも屋外に出せる気候になるでしょう。

特に音楽に造詣が深いわけではない。でも、とにかくクラシックが好きだ。
拙宅のオーディオ(かつてはステレオと言った)は、特に凝ったものではない。25年ほど前に購入したLuxman L-580というプリメインアンプを、数回オーバホールしながら現在も現役で使っている。オーディオに関心のない方にはどうでもいい話である。
ちなみにaudio=オーディオは、audience=聞き手、聴衆と同源である。
AUDIという自動車メーカーがあるが、これもaudioと同源である。
創設者のアウグスト・ホルヒは、社名をつける際、自分の名前であるホルヒ=Horch(ドイツ語で「聞く」の意)の同義のラテン語、Audiを使ったとされている。
ところで、普段何気なく聞いたり使ったりしている音楽用語にも、興味深い言葉があるので、触れてみたい。
Music=ミュージックの語源は、音楽、舞踏など芸能の神、Mousa=ムーサから。ムーサがつかさどる技芸をmousicae=ムーシケーと呼び、ここからラテン語のmusica=ムジカが派生し、ミュージックの語源となった。
次に、「歌」は英語ではsong=ソング。
フランス語ではchanson=シャンソン、イタリア語でcanzone=カンツォーネ、スペイン語でcansion=カンシオンとなる。
これらは、ラテン語で「歌う」「賛美する」を意味するcanto=カントに由来するとされている。
ちなみに、オペラや独唱で使われるベルカント唱法も、イタリア語の Bel Cantoつまり「美しい歌(歌唱)」の意味から。
これらには共通して「はねる音」、つまり撥音(はつおん)が含まれており、語源の同一性が感じられる。
ところで、日本語では、「うた」に「歌」「唱」「唄」「譜」「詩」「詠」「吟」等の漢字が当てられている(実際にはまだある)。
「歌」は最も広義に使われている。
「唱」は、声をあげて歌う(となえる)。
「唄」は、ことばに旋律やリズムをつけて声に出すものやその言葉を指す。
「譜」は、音楽の曲節を符号で表したもの、楽譜。
「詩」は、「唄」とほぼ同意だが、より言葉に重きを置いていると考えられる。
「詠」は、詩歌を作ること、あるいは作った詩歌。声を長く引き、節をつけて詩歌を歌う事。
「吟」は、声に出して詩や歌を歌うこと、作ること。
以上、かなり細かい。
さて、クラシック音楽とはいかに。
Wikipediaによれば、クラシック音楽(Classical Music)」という用語は19世紀までは使われていなかったらしい。その頃、J.S.バッハやベートーベンの時代の音楽を復活させようという試みがなされ、他の音楽と区別し、「古典的」を意味するクラシック(classical)という言葉が使われたそうである。ちなみに、
初めてオックスフォード英語辞典で「クラシック音楽」というものが扱われたのは1836年のことだとか。
しかしそうだとすると、「クラシックの現代曲」というジャンル名は、その名称自体が内部矛盾している。
そこで、こう考えてはいかがだろうか。
クラシック音楽は、宗教音楽や声楽、器楽曲や室内楽、交響曲etc.と、いろんな様式に分類されている。そういったクラシック音楽の様式の流れをくんだ現代曲と考えれば、腑に落ちなくもない。
他方、オックスフォード英語辞典でclassic やclassicalを引いても、class=分類、種類との関連性は見つからないものの、主観的にはまんざら無関係とは思われないのである。
つまり、器楽曲や室内楽曲、交響曲のようにclassified=きちんと分類された音楽という意味からclassical musicになったという解釈もできるような気がするが、諸賢の見解ははいかに。
次に、バロック音楽とは16世紀末から18世紀中頃までのヨーロッパ音楽を指す。個人的に好きなトマス・タリス、ウィリアム・バード等に代表されるルネサンス音楽と、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンといった古典派音楽の間に位置する。バッハ、ヘンデル、テレマン、ヴィヴァルディ、パーセル等がその代表とされる。この時代に、近代的な和声法や長調、短調の体系、そして通奏低音を基本とした作曲技法が確立された。
baroque(仏) =バロックとは、元々はポルトガル語やスペイン語のbarroco(バローコ)=ゆがんだ真珠から派生した言葉だとか。
フランス語では、「奇妙な」「風変りな」といった意味のようである。
現在では、荘厳で宗教的なイメージのバロック音楽が、当時は異端に感じられたというのは、なかなか興味深い。
日本でいえば、仏教が全盛の時代にキリスト教が入ってきたような感じだろうか。
次に、西洋音楽における歌手の声域区分について。
まずsoprano=ソプラノ(伊)は、ラテン語の「最も高い、はなはだ上の、最も外の」という意味のsupremusから。英語のsupreme やsuperと同源である。
alto=アルトの語源はラテン語のaltus(高い)から。
中世の多声楽曲で、alto は基本となる声部tenore =テノールよりも高い男声の声部を指していたが、いつの間にか女声の低音域へと変化していった。
ではそのテノールとは。
ラテン語で「保つ」「維持する」を意味するtenere=テネレから派生して、テノールと呼ばれるようになったと言われている。
英語のsustainable(持続可能) の動詞sustain(状態を持続させる)や、maintenance(整備)の動詞maintain(状態を維持する)などの言葉の-tainは「〜を保つ」の意味をもった接尾語で、これもテノールと同じ語源の言葉である。
何を「保つ」のかというと、「主旋律を保つ」ことで、元々グレゴリオ聖歌の長く延ばして歌う部分を指し、その声部を担当していたからと言われている。
baritone=バリトンは、ギリシア語の「低い音の」の意のbarytonosが語源である。初め(16世紀)はbass=バスと同義に用いられ,最も低い声部を指していたが、のちにバスと区別された。
ちなみに英語では、スペルはbassで「ベイス」と発音する。 おそらくbase=ベース(基底、底)と同源かと思われる。
ここまでで、かなりの誌面を費やしてしまった。
さて話を進め、まずは馴染みの交響曲から。
symphony=交響曲は、symとphonyから成っている。
symはsympathy=同情、共鳴、同感のsym、phonyはphone=
音、音声の同源、つまり「交響」とは実に上手な直訳なのである。
ちょっと難解なのが、concerto=コンチェルト(協奏曲)。
「独奏楽器あるいは独奏楽器群とオーケストラ(管弦楽)のための楽曲」と定義されている。
最後が-oなので、イタリア語の男性名詞だということは想像に難くない。
が、そのイタリア語では音楽会=コンチェルト 、そして協奏曲も同じくコンチェルトと発音される 。
ラテン語のconcertare=コンチェルターレ(音を合わせる)に由来している。つまり、コンサートと協奏曲は同源ということである。
con-は「共に」「協-」、certoは「認識」や「決定」の意がある。
英語のcertein=確認する、確信する と同源と思われる。
英語では、ピアノ協奏曲はpiano concertoとイタリア語に近い表記となる。
concertoには、「論争する、競争する」という意味もあるが、一方で「協調する」という意味もある。「独奏楽器(群)とオーケストラとのかけ合い」というのが元の意味であろう。では、音楽会のコンサートは?となるが、なかなか明快な解答が見つからない。音楽会で協奏曲がよく演奏されたため、音楽会の代名詞となったのではなかろうか。
divertimento=ディベルティメントは、喜(嬉)遊曲と和訳されている。
concertoと同様、英語でもイタリア語と同じスペルで、母音で終わっている。
英語のdiversion=気晴らし、娯楽と同義で、「喜遊」の字を当てたものと考えられる。器楽組曲で、明るく軽妙で、深刻さを避けた楽曲を指す。ちなみに、医学用語でdiverticulumは憩室(消化管の一部にできた袋状の陥入)と和訳されているが、これも同源であろう。(消化管の)流れから小さな路地のように引っ込み、ほっとできるような(流れから外れた)部分という意味合いからではないだろうか。
似たものでserenade=セレナードがあるが、こちらは小夜曲と和訳されている。前者が室内演奏用であるのに対し後者は屋外演奏用とされている。
セレナードはもともと、男性が夜、女性のいる窓辺に向かって女性を口説くための曲であった。serenadeはラテン語のserenus=平穏な、が語源とされている。世の中が平穏でないと、こんな口説き方はできないからだろうか。
そのうち、夜に野外で演奏される曲全般を指すようになった。
モーツァルトのEine Kleine Nachtmusik=アイネ・クライネ・ナハトムジークK.525は、小夜曲をそのままドイツ語にしたもので、モーツァルト自身が目録に書き加えたとされている。
nocturne=ノクターンは、夜想曲と和訳されている。夜の情緒をテーマにした叙情的な曲のジャンル。語源はラテン語のnox=ノクス(夜)から、その複数形が「ノクティス」これが英語化したものである。因みにフランス語では「ノクチュルヌ」と発音する。
さて、ballade=バラードは譚詩曲と和訳され、その名の通り世俗の叙情歌で、詩的な側面もある。
面白いところでは、capriccio=カプリッチョ。和訳では奇想曲。
Wikipediaでは「形式が一定せず自由な機知に富む曲想」と解説されている。かなりアバウトな定義である。
英語、仏語ではcaprice=カプリースと発音され、「気まぐれな」と和訳されている。 以前、イタリア人の患者に、カプリッチョとはどんな意味か尋ねてみた。彼が挙げた例として、「家に帰ってみたら子供が室内を散らかし放題にしていて驚いた、そんな感じ」と、説明してくれた。下手な英語で、「beyond expecting?」と聞き返したら「so!」と言ってくれた。現代語では「うそっ!」と言った感じだろうか。カプリッチョとは、そこまで極端ではないにしろ、「何があっても構わない曲」といったところではないだろうか。

立春を過ぎても、今年の冬はとにかく寒いです。
例年は、2月も半ばになると、時折春が来たかな?と思わせるような日があるものですが、今年は行っても気温10℃止まり、しかも昨日は降雪。
居直って、雪景色を見ながらのランチでもと、行きつけのレストランに行ってみました。
レストランの窓辺の雪景色ですが、前橋といっても赤城山の裾野にあるため、市街地に比べ、雪がしっかり積もっていました。

ここのところ寒い日が続いていましたが、冬至を過ぎた頃から、なんとなく日の入りが延びたような気がします。それだけでも少し、気持ちが前向きになります。
三箇日も今日で終わりという日の昼下がり、外で賑やかな小鳥の声がしたので急いで出てみると案の定、メジロでした。
次から次へと現れ、10羽くらいにまでなりました。メジロは動きが早く警戒心が強いのでなかなか近くに寄れないのですが、なんとか3羽一緒に撮ることができました。私にしてはラッキーでした。
良い年になると良いのですが。