モーツァルト その4 -ピアノソナタは夏の冷やしそう麺-

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さて今回はK.331、つまりピアノ・ソナタ第11番 通称「トルコ行進曲付き」について、思い出をまじえながらお話したいと思います。
余談になりますが、この季節(夏)にピアノ・ソナタをご紹介するのは、それがクラシックというジャンルで蒸し暑い夏でも聴ける希有な存在だからです。
たとえば、ブラームスやブルックナーの交響曲を聴くと、それだけで上着を一枚着込んだような気分になるのは私だけでしょうか(冬には暖房効果があります)。
ピアノ・ソナタは私にとっていわばクラシックにおける「冷やしそう麺」なのです。(随分俗っぽい話になりましたね)
ピアノという楽器は、モーツァルト生涯で、最も深く関わりを持った楽器といえるでしょう。3歳で和音の演奏を始め、5才でピアノの小品を作曲しています。そして、ピアノだけのために書かれた曲だけでも100曲あまりが知られています。
またモーツァルトの時代は、ピアノにとっても重要な意味をもっています。すなわちピアノという楽器が大きく変化をした時代なのです。
弦を鳥の羽根の硬い部分で引っかいて音を出すチェンバロ(別名:ハープシコード、クラヴサン)から始まり、弦をハンマーでたたくピアノ(ハンマークラヴィーア、フォルテピアノ)へと変身していったのです。ちなみにピアノとは、フォルテに対するピアノで、もともとはフォルテピアノ、つまり音の強弱が表現できるところにその名前の由来があるそうです。
たしかにチェンバロという楽器は音の大きさがほぼ一定でしたから、ピアノの登場は革命的なことだったのでしょう。そしてフォルテピアノと呼ばれるようになってからも改良に改良を重ね、現在のような「最も表現力のある楽器」としてその地位を確保し、独奏楽器の代名詞になったようです。
前置きが長くなりましたが、モーツァルトの独奏用ピアノ・ソナタは18曲が現存しています。そのほとんどは3楽章で構成され、第1、第2楽章はソナタ形式(主題の提示部、展開部、再現部、終結部で構成)、第3楽章はロンド形式(反復主題部と挿入部の交替で構成)か、ソナタ形式をとっています。(要するに、音楽とは一見感覚的に作られているようですが、実はかなり論理的に構成されているのです)
どの曲も耳触りがよいため、「体が自然にメロディを受け入れてしまう」という表現が妥当かと思われます。
個人的には、第8番イ短調、第10番ハ長調、第11番イ長調、第12番ヘ長調、第14番ハ短調、第15番ハ長調、第17番ニ長調といったところが好みですが、これだけ挙げると名曲紹介の意味がないかもしれません。(笑)
その中から、最もポピュラーな第11番イ長調K.331をとり上げてみます。
この曲はモーツァルトの全作品中、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、交響曲第40番と並び、最も知名度の高い曲のひとつです。
しかし、ピアノ・ソナタといいながら、ソナタ形式の楽章を全くもたないという特異な構成をしています。
第1楽章は、思わずハミングが出そうな優雅な主題と、それをもとにした6つの変奏から構成されています。モーツァルト得意のヴァリアティオン(変奏)の世界が繰り広げられます。
第2楽章は、トリオ付きのメヌエットで、ちなみにメヌエット楽章をもつピアノ・ソナタはこの曲と第4番の2曲のみです。いかにも堂々とした冒頭部分と、それに続く繊細で可憐なメロディが印象的です。
第3楽章は単独でも演奏される有名な「トルコ行進曲」です。なぜトルコなのかと思いませんか? この楽章はイ短調ですが、長調と短調が目まぐるしく交錯し、これが異国情緒を醸し出しています。それで当時異国の代名詞であったトルコの地名が冠されたといわれています。
ところで、この曲が作曲された1783年は、くしくもウィーンがトルコ軍の攻撃に勝利を収めてから100周年にあたる年です。この前年にモーツァルトは、トルコを舞台としたオペラ「後宮からの誘拐」を書き、そしてこの年に「トルコ行進曲」を書くといった、トレンディな「受け」を狙ったと思える形跡があります。
このK.331で思い出すのは十数年前、今は亡き偉大な漫画家手塚治虫氏がFM番組に登場し、生で「トルコ行進曲」を弾いていたことです。
氏は、医学生時代の思い出を語りながら、その頃よく弾いていたというこの曲を演奏したのですが、やや遅めのテンポで実に見事に聴かせてくれたのを今でもはっきり覚えています。
CDでのお薦めは、日本より世界で活躍している内田光子、アルフレッド・ブレンデルの演奏などは、いいスタンダードになるでしょう。マリア・ジョアオ・ピリスの演奏は、行進曲の部分の表現が風変わり(耳慣れない表現)で、評価の分かれるところでしょうか。
夏の宵に、ぴったりの曲としてご紹介しましたが、隣近所の迷惑にならないよう、防音にはくれぐれもご配慮を。  (写真はモーツァルトが愛用したピアノ)
(1995年6月群馬県保険医協会新聞に掲載したものに加筆)

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