そうだったのか語源㉜  -音楽用語 その2-

音楽用語は基本的にイタリア語、あるいはラテン語に由来するものが多い。    

 octave=オクターブについては以前にも触れたが、日本語では「8度音程」と訳され、これはラテン語のocta=8から派生したものである。ちなみに、8度=1オクターブ上がると周波数が2倍に、8度下がると1/2になる。

 独奏(唱も同じ)、二重奏、三重奏、四重奏を、一般的にそれぞれソロ、デュオ(デュエット)、トリオ、カルテットと言う。これらはイタリア語由来で、solo=ソロはイタリア語で単独の意、英語のisolate(=孤立させる)も同源である。duo=デュオはラテン語(その元はギリシャ語)の2、trio=トリオはラテン語のtri=3から。フランス国旗をtricolore=トリコロール(三色旗)と言うが、tri-=

3とcolore=色から成り、同源である。ちなみに、イタリア国旗なども3色だが、一般的に三色旗と言うとフランス国旗を指す。

 quartet=カルテットは、ラテン語の数詞“quartus”に由来し、4番目等を指す。イタリア語のquattro=クワトロも4を表し、英語の1/4を意味するquarter

も同源と考えられる。

 orchestra=オーケストラは、ギリシャ語の「踊る」が語源で、オペラのような音楽劇に付随した楽団を意味していた。オーケストラには、「管弦楽団」「交響楽団」「フィルハーモニー」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー管弦楽団」「フィルハーモニー交響楽団」等々、様々な呼称があるが、実は内容的な違いはほとんどなく、単に経緯による名称のつけ方の違いだけである。

 ちなみに、philharmony=フィルハーモニーとは、「愛する」を表すギリシャ語の接頭語のphil-と「調和、和音」を表すharmonyから成り、「音楽を愛する」という意味で、和訳では「学友(協会)」というのが最も語源に近いのかもしれない。

 さて、近年よく耳にするアカペラ。

 簡素な教会音楽の様式をいうが、ここから派生し、教会音楽に限らず声楽のみの合唱や重唱を指すようになった。実はイタリア語でa cappellaと表記する。つまりア・カペラである。

 イタリア語の前置詞aは、英語のatやtoの意味、cappellaは英語ではchapel、つまり教会のことで、a cappellaは「教会における」「教会風の」となる。

 ちなみに、ドイツには○○Staatskapelle=シュターツカペーレというオーケストラが多くある。このkapelleはcappellaと同源、Staat(s)は国や州(英語のstate)を指すので、州の協会といった意味だが、現在では○○国立(歌劇場)管弦楽団と和訳されている。

 やや似ているものにgospel=ゴスペルがある。これは英語で福音(書)を指す。一般的にはgospel music=福音音楽のことを略していう場合が多い。奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られた黒人の心情表現やアフリカ的なリズムが特徴とされている。

 cantata=カンタータは、イタリア語の「歌う」を意味するcantareから(既出のカンツォーネと同源と思われる)。交声曲と和訳され、器楽の伴奏付きの声楽作品をいう。

 ではaria=アリアとは。

 ちなみに英語ではair=エアー(詠唱と和訳される)。

 イタリア語の aria は音楽の旋律(メロディ)を意味し、その他「空気」や「態度」「雰囲気」等の意味もある。

 メロディが流れると、そこに人間のimagination=想像力によって独特の雰囲気が生まれることからairなのか。  

 アリアは一般にrecitativo=レチタティーボ(叙唱)と対をなし、歌手は後者で物語の状況を説明したあと、前者で自身の心情を吐露する。

 vocal=ボーカルは、楽曲の声の部分を担当する役割、あるいはそれを担当する人を指す。また有声音の意味もあるが(子音などの無声音は声帯を振動させないで発する音声)、一方でvocal cordsは声帯を指す。 

 これから察するに、vocalとは声帯を使って発声することが語源になっていると推察できる。

 さて、一見音楽とは無縁に思える言葉に「メリハリ」がある。

 漢字まじりでは「減り張り」と書き、邦楽用語の「メリカリ」から派生した言葉とされる。元の音(高い音)を「上り・甲(かり)」と呼び、それより半音低い音を「減り(めり)」と呼んだ。そこから「緩めることと張ること」を意味するようになり、さらに音の高低、強弱、そして物事の抑揚や明暗、緩急といった、いわゆるコントラストを表現するようになった。 

 現在ではあまり使われなくなった言葉に「乙(おつ)」がある。

 ちょっと気が利いていて趣がある様子をさす。

 これも上述の甲=「かり(=かん)」に対して半音低い音を指す「めり」と同義で、乙(おつ)と呼ばれ、別名呂(りょ)とも(ちなみに甲は、ある音に対して1オクターブ高い音も指す)。

 乙は甲に対し、やや暗い陰のある響きになるため、奥ゆかしさ、あるいは意味深長な雰囲気を醸し出す。そこから「乙な」という形容が使われるようになってのではなかろうか。日本人は、やや陰のあるものに惹かれるようである。

 和楽には疎いので、早くも話題を変えたい。

 長崎のお土産にビードロという、薄いガラスでできた素朴な音の出る楽器がある。ポルトガル語で、ガラスを意味するvidroが語源とされている。

 医学用語では、in vitro=イン・ビトロ  in vivo=イン・ビボというのがある。

 ラテン語で、前者は「ガラスの中」、後者は「生体内で」という意味である。

 前者はビードロと同源で、「ガラスの中」とは試験管や培養器での試験を指し、後者は生体内での試験を指す。ちなみに後者のvivoは英語のvivid=生き生きとした、生々しい、の語源である。

 さて、クラシックである作曲家の作品番号をOp.で表すことが多い。Opus=

オーパスの略であり、元々は芸術作品、音楽作品を意味する言葉である。基本的には作曲年代順につけられるが、時には分類後に見つかったものもあり、年代順でなかったり、あるいは⚪︎⚪-a ⚪︎⚪-bなどと表記されるものもある。︎

 なかには、作品番号に特別な記号が使われるものもある。

 有名なものでは、バッハはBWV、モーツァルトはK、シューベルトはD等。

 まず、BWVはBach-Werke-Verzeichnisの略で、音楽学者ヴォルフガング・シュミーダーが編集したもので、「バッハ作品総目録番号」あるいは「バッハ作品主題目録」と和訳されている。この目録は年代順ではなく、ジャンル別に分類されているのが大きな特徴である。バッハの場合、初演の日付が不詳であったり、あるいは一度出来上がった曲をあとから変更、加筆することが多く、年代順に編集することが困難だからとされている。

 次に、モーツァルトの作品に付けられているK.はKöchelverzeichnis=ケッヒェル目録の略で、ケッヒェルの編集によるモーツァルトの全作品の年代順目録に付けられた番号で、K.あるいはKVと表される。K.1からK.626(レクイエム)まで通し番号を付け、正式には「モーツァルト全音楽作品年代順主題目録」と和訳され、以後の作曲家作品目録のモデルとなっている。

 もう一つ、シューベルトの作品番号のD.はドイッチュ番号と呼ばれ、

Otto Erich Deutsch=オットー・エーリヒ・ドイッチュが作ったものである。

 ただし、シューベルトの作品の総数は約1000曲以上に及ぶが、この中には作品番号がつけられていないものが多い。未完のもの、断片、消失したもの、習作、偽作も存在するためと言われている。