
まずは楽器にまつわるエピソード。
piano=ピアノは、ご存知のように正式にはイタリア語のgravicembalo col piano e forte(強弱のあるチェンバロ)が語源とされている。これが短縮され、ピアノとなっている。強いを意味するforteではなく、弱いというpianoだけの短縮形となっているのは興味深い。あるいは単にpiano e forteと、pianoが先だからだろうか。
ちなみに、バロック音楽で使われるcembalo=チェンバロはイタリア語で、英語ではharpsichord=ハープシコード、フランス語ではclavecin=クラヴサンと呼ばれている。呼び方によって音色まで違って聞こえるように感じるのは、単なる先入観か思い過ごしだろうか。
話はピアノに戻るが、歴史的にはpianoforte=ピアノフォルテやfortepiano=フォルテピアノと呼ばれ、現代でも略称としては “pf” という表記が用いられている。
現代では、イタリア語・英語・フランス語ではpiano=ピアノと呼ばれ、ドイツ語ではHammerklavier=ハンマークラヴィーア、より一般的には Klavier=クラヴィーア(鍵盤の意味)と呼ばれるほか、Flügel=フリューゲル(もともと鳥の翼の意で、グランド・ピアノを指す。弦を覆う蓋の形からか)も用いられる。
慣例的には、19世紀前半以前の様式のピアノを、モダンピアノと区別して特定する場合に「フォルテピアノ」と呼ぶことが多いようである。
次にヴァイオリン(略語はVnあるいはVl)。
これは英語で、イタリア語ではviolino=ヴィオリーノ、フランス語ではviolon=ヴィオロン。
ヴィオラ、チェロ、コントラバス等ヴァイオリン属の胴の中央付近に左右に対象に開けられた穴を、その形からf字孔(f-hole)という。厳密にf字なのは左側で、右はその線対称形。この形により音色がかなり変わるそうである。
この形が定着したのは、16世紀以降のイタリアで作られた楽器からで、それ以前は「c」や「s」の形に近かったそうである。
「f」字になった理由には、(Cに比べ)強度に優れているから、英語で女性を意味するfemaleから(なぜ女性が関係するのかは不明)、あるいはより装飾的に美しいから等、諸説ある。
それらも加味しながらより説得力のある説として、製作者が胴に駒(バイオリンを横から見て、弦が最も突き出ている部分を支えている衝立)を立てる位置を示すために、S字形にくりぬいた孔の中央部にたまたま刻み目をつけたのが始まりというもので、言われてみれば確かにその通りである。
バイオリンは4弦で、日本では開放弦の音高のドイツ音名を用いて、E線・A線・D線・G線(えーせん、あーせん、でーせん、げーせん)と呼ぶことが多い。バッハが作曲した「管弦楽組曲第3番」の第2曲をウィルヘルミが編曲したArie auf G=「G線上のアリア」は、この最低音の弦であるG線のみを使って演奏することからつけられた通称である。一般的には「ゲー線上のアリア」ではなく、英語読みで「ジー線上のアリア」と呼ばれることが多い。
次にこの弦の素材だが、以前はガット(羊の腸)が使われていたが、現在では意外にも金属弦やナイロン弦が主流となっている。胴には相変わらずスプルースやメープルが使われるのに、である。そういえば、ピアノの弦も金属である。
金属弦やナイロン弦は、ガット弦に近い音色を持ちながら、ガット弦のように温度や湿度の影響を受けにくいというメリットがあるという。
同じくヴァイオリン属のcello=チェロ。
イタリア語のvioloncello=ヴィオロンチェロに由来するが、英語ではcelloと書いてセロと発音する(略語はVc)。日本人の私の耳には、セロよりチェロのほうが艶っぽく聞こえるが如何だろうか。
さて、本体の大きさに比べると、指板(弦を指で押さえる部分)は意外にもヴァイオリンなどより若干細めである。ヴァイオリン属では低音楽器になるほど胴体と弦の角度が大きいため、ヴァイオリンに比べると駒が高く丈夫に作られている。弓もヴァイオリンなどより太いが、実は長さは逆に短い。
弦は現在ではやはり金属弦が主で、低音弦には質量を保ったまま細く仕上げるために、タングステンや銀を使用した弦が使われることがあるそうな。
バロック奏者においては、柔らかい音にするためか、ナイロン弦やガット弦が使用されることもあるが、音量やメンテナンス、耐久性に難があると言われている。
管楽器のflute=フルートについて(略語はFl)。
現在フルートというと、キーのついた金属製の横笛(正式にはコンサート・フルートという)を指すが、元々は広く笛一般の総称だった。ルネッサンスからバロック音楽の時代では、一般的にフルートというと現在のリコーダーと呼ばれる縦笛を指すようになった。一方、現在のフルートの前身楽器である横笛はflauto traverso=フラウト・トラヴェルソと呼ばれた(traversoとはイタリア語で「横向きの」という意味)。かつては主に木製だったが、現在では金属製が主流となっている。それにもかかわらず、フルートは木管楽器に分類される。
実は、木管と金管の分類では、材質が金属か木かというのは重要ではなく、音の出し方で分類されている。フルートが木管楽器に分類されるのは、唇の振動によって音を出す楽器ではないからである。
ちなみに、金管楽器はトランペット・トロンボーン・ホルン・チューバなど、マウスピースを口に押しつけ、唇の振動によって音を出す管楽器をいう。 一方木管楽器は、唇を振動させずに音を出す管楽器。フルート、リコーダー、尺八のように穴に息を吹き込むことで音を出すものと、クラリネット、サクソフォン、オーボエ、ファゴットのようにリード(薄片)を口にくわえて音を出すものがある。もちろん、元々は金管楽器の素材には金属が、木管楽器のそれには木が使われたものが多かったのだろうが。
ちなみに、この分類からいえばほら貝は金管楽器ということになる(真偽は不明)。
オーボエやファゴットは、2枚がくっついた形のリードでダブルリード楽器と呼ばれている。
ここで問題となるのは、フルートにはリードがないということ。
厳密に言うと、リードが無いのではなく、「エアリード」というものを使って音を出す。「エア」とはあの「エア(空気)」、つまり自分の口そのものがリードということである。
「エアリード」とは、物体のエッジの部分に息を当て、その時生じる空気の渦上の流れにより音を出す仕組みを言う。
物理的なリードが存在しないためノンリード 、あるいは無簧(むこう:簧がリードの意)とも呼ばれる。