そうだったのか語源⑰ −略語について その2−

前回に引き続き、2文字のアルファベットの略語について触れてみたい。

ごく日常的に耳にするPRは、宣伝や布教活動を意味するpropagandaの略かと思いきや、実はpublic relations=宣伝の略だそう。ま、あまり大きな問題ではない。

proportional representationもPRだが、こちらは比例代表制を意味する。

さて、午前と午後をそれぞれAM, PMというが、これはラテン語のante meridiem (英語ではbefore noon) でPMはpost meridiem(英語ではafter noon)の略である。

このanteは、イタリアンのantipasto=前菜のanteで「前」の意、postはもちろん「後」の意である。meridiemは英語ではmeridianで、空に太陽(星などでも)が最も高く上がる時=南中、つまりは正午を意味する。ちなみに、日本語の正午の「午」は、十二時辰の午の刻(うまのこく)のうちで午の正刻である。十二時辰で「午の刻」は24時間制の11時から13時までの2時間を指す。

次に、ラジオにはAMとFMがあるが、前者がamplitude modulation の、後者がfrequency modulation の略で、それぞれ振幅変調方式、周波数変調方式と和訳されている。要するに、AMは電波の強弱で音を伝え、FMは電波の強さは一定で、電波の密度で音を伝える方式ということらしい(私は理系ながらこの辺は全く不案内である)。

2文字の略語が出たついでに、紀元前をBC、紀元後をADと表記するが、前者はBefore Christ、後者はAnno Dominiの略である。後者はラテン語だが、英語では(in the Year of the Load)で、「主(しゅ)の年において」といった意味になる。

ちなみに19世紀以降から、非キリスト教徒との関係からADをCommon Era(略:CE、「共通紀元」の意)、そして紀元前(BC)をBefore Common Era(略:BCE)に切り替える動きが広まっているそうである。

キリストに関係する略語で、クリスマスをXmasと表記することがある。

これにはギリシア語が関わっている。

ギリシア語には英語の “X” に似たような形の “chi” という文字がある。その “X” に似た文字が「キリスト」を表すギリシア語 “Χριστός(Christos)” の先頭の文字である。

“christmas” のことを “Xmas” と表記する習慣は数百年も前からあったそうで、当時は “X” という文字自体がキリストを表す略語として使われていたそうである。

さて、これまでの流れとはやや関連が希薄になるが、番号を表す文字にNo.がある。

「数」を表す英語はnumberだが、ラテン語ではnumero となる。numeroは正確にはin numberの意、「数でいうと」といったところか。

このnumeroの省略形がNo.である。ラテン語では語尾変化が多いので、最初の文字と最後の文字をとって省略形とすることがよくある。例として、医療用のカルテで「同じ、同上」の意味でdoと表記することがあるが、これはdittoの省略形である。

IQは知能指数と和訳されるが、intelligence quotientの略語である。最近ではさらにEQというものが注目されているが、これは emotional intelligence quotient=情動の知能指数の略語である。

IQが「知能」の発達速度を表すのに対し、EQは仕事への取り組み姿勢や人間関係への関心の度合いなどを感情という視点から表すとされている。ちなみにeducational quotient=教育指数もEQだが、こちらは内容が全く異なる。

2文字の略語はさらに続く。

EUはEuropean Union=欧州連合の略であるが、これはかつてのEC(European Community=欧州共同体)から発展し、外交や安全保障政策の共通化や、ユーロによる通貨統合の実現をめざす統合体を指す。

UNはUnited Nations=国際連合の略語である。ちなみにその全身である国際連盟はLN(League of Nations)である。

米国の首都、ワシントンD.C.のD.C.はDistrict of Columbia=「コロンビア特別区」の略である。米国には50の州があり、州立大学のように州ごとに法律や制度が異なることが多い。ワシントンD.C.には国の重要な機関が多くあり、「どの州にも属さない連邦政府の直轄地」という意味が込められている。コロンビアという名は、アメリカ大陸発見者コロンブスに由来している。ちなみにColumbus=コロンブスはラテン語で鳩という意味である。

プロ野球で使われるFAはfree agentの略で、どの球団とも選手契約できる権利を持つ選手を指す。ついでにDHはdesignated hitterの略で「指名打者」と和訳されている。我々が関係する医療分野では、dental hygienist=歯科衛生士もDHと略される。

OAはoffice automationの略で、事務作業の自動化のことをいう。それを逆にしたAO入試のAOとはadmissions office=「入学管理局」の略で、学力試験を課さず、入学管理局の選考基準に基づいて入学の可否を判断する選抜制度のことをいう。

OPと略される言葉は多い。以下に代表的なものを挙げてみる。

option=オプション、選択肢、選択権

opening=オープニング、番組やコンテンツの冒頭に使われる音楽や映像

operation=オペレーション、手術、処理、操作

opus(Op.)=オーパス、音楽などの作品番号

他にも枚挙にいとまないが、まずは今回このくらいにしておこう。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

そうだったのか語源⑯ −略語について その1−

最近はとにかく略語が多い。

KYが「空気読めない」の略語だというのは別として、普段何気なく使っている略語について語ってみたい。

日本語でも、中学英語の「三単現」や最近の「就活」「婚活」といった略語はあるが、漢字は表意文字ゆえ、字面からある程度意味を汲み取ることができる。

一方、アルファベットはひらがな同様表音文字のため、頭文字等で表記された略語から意味を推し量ることはできない。

したがって、アルファベットの略語は、ある業界や分野、あるいは社会で周知されているものでなければ意味がない。しかも、同字異義語が多いことにも注意が必要だ。

今回はアルファベットの略語から確認してみたい。取り上げる略語は、思いついたものとそれから派生するものを芋づる式に列挙しただけで特に深い意味はない。

まず、生活に不可欠なW.C. から。

これはwater closetの頭文字をとったもので、 closet=クローゼットには、個室や秘密の場所といった意味がある。その名の通り、水洗式になってからできた言葉で、それまでの旧式のものと区別して使われたようである。ちなみに、現在は英語圏ではあまり使われていない(rest roomやpowder room, toilet等が一般的)。

ちなみに、ウールマークの認定を行う組織もWC=The Woolmark Company である。

酸アルカリの表示に使うpH(ペーハーあるいはピーエイチ)は、水素イオン(濃度)指数と和訳されているが、potential of hydrogenの略であり、直訳すれば水素イオン力価といったところか。

ISOコードでは国名のフィリピンもPHと表記される。

近年環境汚染で注目されているPM2.5。

PMとはparticulate matterで、和訳で微小粒子状物質、あるいは粒子状汚染物質と和訳されている。2.5とは2.5μ(1ミクロン=10-6m)を表している。この大きさより小さいと、呼吸器系など健康への悪影響が大きいと考えられている。ちなみに、午後のこともpost meridiemの略でPMと表記される。

さて、すっかり社会に溶け込んだ感のあるITはinformation technologyで情報技術、最近はやりのAIはartificial intelligenceで人工知能とそれぞれ和訳されている。

ちなみに、artisticは芸術の、あるいは芸術的という形容詞であるが、もともとartはnature=自然の対義語であり、人が作ったもの、あるいは人が手を加えたものという意味合いがあったようである。そこからart-のつく人工も芸術ももともとは同源であることがわかる。

最近は「手作り」が付加価値を生むが、この語源が「自然」の対義語であることはある意味皮肉である。

次に、BSはbroadcasting satellitesで、一般的には衛星放送と訳されるが、文字通りに和訳すれば放送衛星である。この辺の事情に拘泥すると事が先に進まないのでスルーすることにしよう。

その放送番組で使われるMCとは、master of ceremony の略で、番組全体を仕切る役をいう。他に、アメリカの国会議員もMember of CongressでMCと表記される。他に、Main Characterの略で,主人公,ヒロインのことも指す。さらに、Microphone Controllerの略で、ラップをする人のことも(ヒップホップの用語)。他にも多々あるが割愛する。

さて、クルマのガラスや化粧品等で使われるUVカットのUVとはultravioletで紫外線。ではもう一方の赤外線はというと、IRでinfraredの略である。ultra(超)もinfra(下)も上下という概念で表現されているが、日本語では上下よりも内外の印象が感じられ面白い。ちなみに、近年物議を醸したIR法のIRはintegrated resortの略で、統合型リゾートと和訳されている。

IHクッキングのIHはinduction heatingの略で、誘導加熱と和訳されている。 電磁誘導により金属製の調理器具を自己発熱させ調理する仕組みである。

さて、テレビをはじめとする家電製品には、かつては真空管が使われていた。 当時の家電は、電源を入れてから起動するまでに時間を要した。それがトランジスタに、そしてICに進化し、電源を入れてから稼働するまでの時間が飛躍的に短縮された。ICはintegrated circuitの略で集積回路と和訳されているが、トランジスタやダイオード、抵抗等を一つの半導体チップにまとめたものである。

LEDはlight emitting diodeで、発光ダイオードと和訳されている。diode=ダイオードとは、整流作用をもつ電子素子で、もともとは2極真空管だった。ギリシャ語の2を表すdi-と電極を表すelectrodeとの造語である。現在はダイオードといえば半導体ダイオードを指す。

医療分野でレーザー治療は大活躍している。歯科治療でも汎用されるレーザー=LASERだが、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiationの略語で、「輻射の誘導放出による光増幅」と和訳されている。結果的に、光を一方向に集めて増幅させたものである。

次は軍事関連の造語について。

最近、ミサイルの脅威が叫ばれているが、兵器に関してはICBMというミサイルの名前は馴染み深い。intercontinental ballistic missileの略で、大陸間弾道ミサイルと和訳されている。このballisticはボール=ballの軌道が語源らしい(根拠のある推測)。ちなみにSLBMは、submarine-launched ballistic missileの略で、潜水艦発射弾道ミサイルと和訳されている。PAC3はPatriot Advanced Capability3の略語で、かつて湾岸戦争に使われた米国製の地対空ミサイル、パトリオット(愛国者の意)の進化型という意味であろう。

続いて、米国から輸入したP3-Cという哨戒機があるが、このPはpatrol plane=哨戒機のことを指す。この「哨」については語源の⑦で触れたので、ご興味のある方は参照されたい。

ちなみに米国では、軍用機のFはfighter=戦闘機、Bはbomber=爆撃機、Cはconveyer=輸送機をそれぞれ指す。

以上のような例を挙げると、いかにも私が好戦家のように思われそうだが、筋金入りの軍備増強反対派である。

次に、パソコンやインターネットに関連するものをいくつか取り上げてみたい。

まず、HTTPとはhypertext transfer protocolの略称で、ネット上での通信に関する規約(手順)を指す。HTTPでは、データを受信する側(クライアント)が要求をサーバーに伝え、それに対してサーバーが応答する。我々は何気なくサイトを見ているが、機械的にはこういうプロセスを踏んで、結果として目的のサイトに行き着くのである。実に便利になったものである。

URLとは、uniform resource locatorの略称で、インターネット上に存在する文書や画像などの情報資源の場所を指し示す技術方式で、いわばサイトの住所である。適当な和訳は見つからない。

サイトの最初に出てくるWWWはworld wide webの略で、世界中に張り巡らされたクモの巣のような(ドキュメント同士の)つながりという意味である。

HTMLはhyper text markup languageの略称で、「ハイパーテキストに目印をつける言語」といった意味である。 ハイパーテキスト=HyperTextとは、ハイパーリンクを埋め込むことのできる高機能なテキストである。 そしてハイパーリンクとは、ウェブページで下線の付いたテキストなどをクリックすると別ページへ移動するリンクのことである。HTMLには、このハイパーリンク機能で関連する情報同士を結びつけて、情報を整理するという特徴がある。

ファイルの形式でPDFというものがあるが、Portable Document Format(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)の略で、紙に印刷するのと同じ状態のイメージで保存する形式を意味する。

CPUとは、中央演算処理装置=Central Processing Unitの頭文字をとったもので、要するにコンピューターの中枢部分であるが、これは感覚的にわかりやすい。

次にUSBだが、Universal Serial Busの略である。busとはデータの伝送路(交通機関のバスと同源)で、serial busとは一度に1ビットずつ逐次的にデータを送ることを指す。ホスト機器(中心となるコンピューター等の機器)に様々な周辺機器を繋ぐための伝送路の規格のことである。universalという言葉通り、USBマークの付いたコネクタは、様々なものと接続できることは実感できよう。

ハブ=hubは、もともと車輪の中央部のスポークが集まるところを指し、そこから複数のネットワーク装置を接続する集線装置を指すようになった。ハブ空港なども同様の使い方である。

ルータ=routerはroute=道、経路から由来し、データを二つ以上の異なるネットワーク間に中継する装置のことをいう。ちなみにhubとrouterは略語ではない。

最近流行りのblog=ブログについて。このコーナーもそのブログである。

blogは、これもれっきとした造語で、web(ウェブ)上にlog(ログ:記録)を残すという意味のweb log(ウェブログ)の略である。ちなみに、この-logはカタログ=catalog 序文=prolog 結末=epilog 独白=monologにも使われている(-logueとも書かれる)。それにしても中途半端なところで切ったものだとも思うが、microphoneも「マイクロ」ではなく「マイク」という切り方をするのと同じようなものか、このあたりは勉強不足でよくわからない。

DVDはDigital Versatile Discの略で、この中で馴染みの薄いVersatileとは、「多機能な」といった意味である。

今度は、車に関する略語を挙げてみたい。

近年流行りのハイブリッドカー(HV)はhybrid vehicleの略で、二つ以上の動力源を持つ車を指す。日本で一般的にハイブリッド車と呼ばれるクルマは、内燃機関(エンジン)と電動機(モーター)を動力源として備えた電気式ハイブリッド車でhybrid electric vehicle =HEVである。ちなみに電気自動車はEV=electric vehicleである。

ターボ等、過給機搭載のエンジンに対し、自然吸気のエンジンをNAというが、これはnatural aspirationの略である。

4WDは四輪駆動でfour-wheel drive の略、または all-wheel drive(総輪駆動あるいは全輪駆動)の略でAWDとも表記される。ちなみに、前輪駆動はFWD=front wheel drive、後輪駆動はRWD=rear wheel driveである。

蛇足ながら、ハンドルもホィールというが、正式にはsteering wheelで舵輪と和訳される。

SUVとはSport Utility Vehicleの略で、スポーツ用多目的車と和訳される。  似ているものに、RV=レクリエーショナル・ビークル (アメリカ英語: Recreational Vehicle)というものがある。もともとはキャンピングカーを指したようだが、要するに娯楽用のクルマといった意味であろうか。

現在は、前者は主に舗装されていない道を走行することに適したクルマを指し、後者は、前者に加え、ワゴンやミニバンも指すようである。

GTはグランド・ツーリング(Grand Touring)の略で、本来の意味は、かつてイギリス貴族の子弟が行っていた「グランド・ツアー」つまり「大旅行」に由来する。転じて長距離移動を快適に行うための乗用車を指すようになった。現在使われるGTとは随分イメージが異なる。

最後にNGとNPについて。

NGはテレビなどで、ダメ出しや失敗の意味でよく耳にする。もちろんno goodの略だが、和製英語なので海外では通じない。

一方NPはno problemの略で、「問題ないよ」「気にしないで」「平気です」などの意味。医療のカルテでは、特記すべきことなしの意でnot particularの略でNPを用いることもあり、こちらは海外でも通じる。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

 

そうだったのか語源⑮ −国名都市名その3 番外編−

地理的な話題の3回目であるが、今回は脈絡もなく番外編という扱い方でご紹介することをご容赦願いたい。

さて唐突であるが、日本ロマンチック街道というルートがある。

まず、ロマンチック街道について触れてみたい。

これは、ドイツのヴュルツブルクからフュッセンまでの366kmの街道のことだが、この街道沿いには、中世の街並みや城塞が点在しており、いわば観光街道である。それはともかく、独語ではRomantische Straßeと表記され、「ローマへの(巡礼の)道」と和訳されている。日本語でいう「ロマンティック」は、ロマン主義や恋愛に関係したイメージが強いが、本来の独語の「ロマンティッシュ」あるいは英語の「ロマンティック」は、「ローマの」という形容詞である。せいぜい「ローマに繋がる」くらいの意味なので、「日本ロマンチック街道」とは、四方を海に囲まれた日本においてはありえない名称なのである。

もっとも、あまり深いことを詮索せず、「日本のロマンティックな通り」くらいに捉えて楽しめばよいのかもしれない。

同様に、「日本ライン下り」もやや似た発想の命名である。

本来、ドイツを流れるライン川を下ることを「ライン下り」と言い、ライン川ではない日本の川を下るのに、「ライン下り」と呼ぶのは解せない。

実は、美濃加茂市から犬山市までの木曽川渓谷の風景がドイツのライン川に似ていることから、この渓谷に「日本ライン」と命名したため、この渓谷の川下りが「日本ライン下り」と呼ばれるようになった。

一方「日本アルプス」という名前は、19世紀にイギリスの鉱山技師が飛騨山脈をヨーロッパのアルプス山脈に因んで命名したのがその由来である。ちなみに、「アルプス一万尺 小槍の上で」という歌があるが、小槍とは日本アルプスの槍ヶ岳の隣にある岩峰のことである。

本場ヨーロッパのアルプスにモンブランという最高峰がある。仏語でMont Blanc、つまり「白い山」という意味だが、同じ山を南側から眺めるイタリアではモンテ・ビアンコ (Monte Bianco=イタリア語で「白い山」)とよぶ。Blancは英語のblank=空白と同義で、ワインの白もBlancという表現をする。

余談になるが、ラテン語で「白」を意味するalbaという言葉がある。花でも白いもの、動物でも突然変異によって色素を失ったものをアルバ系という。アルバム=albumは、古代ローマ時代に議事録として使われた白い石版がその起源とされており、その後台紙を綴ったものを総称してそう呼ぶようになった。

ゴルフ用語のアルバトロス=albatross(アホウドリ)も、ラテン語で「白い」を意味するalbusとポルトガル語で「カツオドリ」を意味するalcatraz(アラビア語ではal-qaTraas 「ウミワシ」)との合成語で、「白く大きな海鳥」といった意味合いとなる(ちなみに、alcatrazはサンフランシスコ湾内に浮かぶ刑務所の名でもある)。

閑話休題。

さて、イタリアの作曲家ヴェルディ=Verdiは緑のこと、そしてモンテヴェルディ=Monteverdiは「青い山」(日本では青山さんといったところか)、国名のモンテネグロ=Montenegroは黒い山の意。ついでに、カナダのモントリオール=Montrealは「真実の山」という意味かと思ったら、近くにモン・ロワイヤル=Mont Royal=王の山と呼ばれる小高い丘があり、これが由来になっているとのこと。

パリのモンマルトル=Montmartreは、Mont des Martyrs、つまり「殉教者の丘」がその名の由来である。

ついでにモン・サン・ミシェル=Mont Saint-Michelは聖ミシェルの山の意、モンテカルロ=Monte Carloは「シャルル3世の山」の意味である。

再びドイツ語圏の地名に触れてみたい。

メルセデス・ベンツの本社があるドイツのシュトゥットガルト=Stuttgartは、Stutengarten(Stuten=雌馬の、garten=庭)から派生したものだ。ニュアンスとして、日本語の馬事公苑に近いか。

モーツァルト生誕の地、オーストリアのザルツブルク=Salzburgはご存知に通り「塩の砦」の意で、近隣で産出される岩塩の積み出し場があり、かつて大司教がその積載量に応じた通行税を徴収し財源としていた。ちなみに、モーツァルトと大司教との軋轢は有名であり、セレナード「ポスト・ホルン」の作曲に際し、司教との決別にまつわる逸話が残っている。

ドイツ・バイエルン州に、ノイシュヴァンシュタイン城という有名な城がある。カリフォルニアのディズニーランドの「眠れる森の美女」の城のオリジナルとなったという城で、おとぎ話に出てくるような美しさと讃えられている。

ノイシュヴァンシュタインとはドイツ語でNeuschwansteinと表記し、和訳すれば「新しい白鳥の石(岩)」となる。もともとシュヴァンガウ地区(和訳すれば「白鳥地区」)にあったシュヴァンシュタイン城にちなんで名付けられた。

日本でも姫路城を白鷺城と鳥の姿に比喩するが、これは単なる偶然であろうか。

ノイシュヴァンシュタイン城は誰が見ても絵になる美しさであるが、意外にも、伝統的な石造りではなく、鉄骨組みのコンクリートおよびモルタル製で、古建築保存を目的とする世界遺産にはなっていない。美しいイメージが壊れないことを願いたい。

バイエルンで忘れてならないのは、BMWという自動車メーカー。

BMWとはBayerische Motorenwerkeの頭文字で、和訳すれば「バイエルン自動車製作所」、BMWのままのほうがイメージを損なわないようだ。

さて、前出のアルプス山脈に名峰ユングフラウ=Jungfrau(独)がある。

アイガー、メンヒとともにオーバーラント三山の一つである。

ユングフラウは独語で「若い娘」あるいは「処女」という意味だが、これは山の所有者であるインターラーケン=Interlaken(湖の間の意)にあった女子修道院の修道女がその名の由来とされている。

メンヒ=Mönchは修道士の意味だが、これは修道女に相対して名付けられた。

一方アイガー=Eigerの名は、その尖った形に由来しているとされている。

ただ、ラテン語で鋭いという意味の“アケール”(acer)が由来という説、独語で槍の意味の“ゲル”(Ger)が由来という説があり、言語学者の間でも意見が分かれている。

話は変わって、オランダという国について。

自国オランダ語ではNederland(ネーデルラント)と言われている。

俗称の「Holland(ホラント)」もよく使われるが、これはスペインの支配に対して起こした八十年戦争で重要な役割を果たしたホラント州(現在は南北2州に分かれる)の名に由来している。

通称ホラントと呼ばれていたのが、ポルトガル経由で「オラント」「オランダ」と伝わったようである。 ちなみにこの「オランダ」に近い呼称は日本だけで使われているわけではなく、他にもHolland由来の国名で呼んでいる言語もある。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

そうだったのか語源⑭   −国名都市名その2 漢字表記−

前回に引き続き、国名や地名等について触れてみたい。

まず、英国、米国、独国、仏国等、漢字の略語表記されている国名について。

これらの多くは、中国語による発音を模した当て字からきている。

のちに、日本語の漢字を当てたものもある。

まずイギリスは、中国語で英吉利(yingjili)なので「英国」、アメリカは江戸時代の日本語の漢字で米利堅(メリケン)国、ちなみに中国語では美利堅(つまり略称は「米国」ではなく「美国」となる)と表記される。またちなみにであるが、イギリスという呼称の語源は、イングランドを意味するポルトガル語のInglez(イングレス)だとされている(現在でいうイングランドではなく、連合王国のUK全体を指している)。

江戸時代に交易のあったポルトガルからの又聞きの表現を今も使い続けているというのも不思議である。当然ながら、イギリス人に「イギリス」と言ったところでなんのことか全くわからないであろう。

次に、我が国とは長い付き合いのあるオランダは、オランダ語ではNederland(ネーデルラント)という。

これは「低地の国」あるいは「低地地方」を意味する普通名詞に由来する。

オランダの漢字表記は、和蘭、和蘭陀、阿蘭陀、荷蘭陀、荷蘭、尼徳蘭等と表記され、「蘭国」と略される。由来はポルトガル語表記の「Holanda」が、戦国時代にポルトガル人宣教師によってもたらされたことによる。イギリスの場合同様、当時直接交易のあったポルトガル語表記の影響を受けている。

ちなみに、当のポルトガルの「葡萄牙」という表記はかなり難解か。

ドイツは、本国ではDeutschland(ドイチラント)で、「独国」と略されるが、これは日本語漢字表記の「独逸」の略語である。

ちなみにGermany(ジャーマニー)はドイツの英語表記で、ゲルマン民族の呼称から来ている。

フランスの「仏国」は同じく日本語漢字表記「仏蘭西」の略語であり、当然ながら仏教とは無関係である。

一方、オーストラリアの日本語による漢字表記は「濠太剌利」で、漢字1文字で書くと「豪」と略され、漢字2文字の場合は通常「豪州」と表記される。

さて、国名とはやや離れるが、中東と極東といわれる地域がある。

中東は、アラビア半島からアフガニスタン、パキスタン、インド、新疆ウイグル自治区、チベット自治区、中国の青海省にかけての地域を指し、極東は日本をはじめ、極東ロシア、朝鮮半島、中国、そして東南アジアの一部を指す。

実はこれ、欧米、および経度(グリニッジ天文台を通る0度)から見た表現である。ヨーロッパを中央に表記した地図(日本が右端にあるもの)を想像すれば理解できよう。

もともとヨーロッパでは、それより東方をNear East(近東)とFar East(極東)に大まかに区分したが、19世紀に植民地支配の観点からイギリスなどにより、Middle East(中東)、つまり近東と極東の間という概念が生まれた。

ちなみに近東とは、バルカン半島からトルコ、エジプトにかけての地中海東岸域を指す(要するにかつてのオスマン帝国の領域)。

次に、中国由来の地域名に触れてみたい。

南蛮というとネギを連想する方も多いが、これは、16世紀頃から来日していたイベリア系(スペイン、ポルトガル)の人々が、ネギを好んで食したことに由来しているという。当時この人々は南蛮と呼ばれたマカオやルソンを支配していた。また彼らは香辛料も好きだったため、唐辛子を入れた漬物を南蛮漬けと呼ぶようになったとか。

その南蛮とは、中国を支配していた漢民族がつけた名前である。服を着ておらず、採取生活をしていた南方の人々を差別意識を込めそう呼んだ。

「蛮」とは「虫」を部首とし、人として扱っていない悪字である。

漢民族の中華思想(中国こそが世界の中心といった考え方)から、自らの支配下にならない民族を見下し、その国々を四夷(しい)と呼んだ。

四夷とはその位置に従い、東夷(とうい)、北狄(ほくてき)、西戎(せいじゅう)、南蛮という蔑称のことである。ちなみに日本は東夷にあたる。

いかにも中国らしい命名であるが、わが国でも江戸時代に「尊王攘夷」という言葉にあるように、敵国を上から目線で、自らを鼓舞する表現があったようだ。

さて、海洋のなかに太平洋と大西洋があるが、前者に「太」、後者に「大」が使われている。

太平洋という名称は、大航海時代にマゼランが世界一周の航海中につけたとされている。

南米最南端のマゼラン海峡を通って大西洋から太平洋に入った時、波の荒い大西洋に比べ太平洋が穏やかだったことから、ラテン語で「平和な海」を意味するEl Mare Pacificum (英語ではPacific Ocean)と名付けたため、日本語では「太平な海」の意味で太平洋と訳されたのである。

一方の大西洋はAtlantic Oceanのことだが、英語名はギリシャ神話のアトラスに由来しているが、日本語の大西洋という名前とは全く関係がない。ヨーロッパの西にある大きな海くらいの意味であろうか。

最後に、地理的なものとはあまり関係ないが(いや、少しはある)、トリビアとして「幾何学」について。

「幾何」とは如何に?と言いたいところである。我々日本人のほとんどは、「幾何」という言葉に何のイメージもわかないのではなかろうか。

「幾何学」は図形や空間を研究する数学の1分野で、ラテン語でGeometria,英語ではgeometryという。

geo-は「地」を、-metryは「測定」を意味し(長さのメートル=meterと同語源)、もともとは「土地計測学」つまりは「三角測法」を指していた。

一般的にはGeometriaの”geo”を中国語に音写(表音)したものが”幾何”であると説明されている。

しかし近年の研究では、清代に中国に滞在したイエズス会士が計量のことを”幾何”と翻訳していたようで(要するに、英語でHow many-?  How much-?といったところか)、どちらかといえばGeometriaの”metria”を中国語訳したものであるという説もある。

表音か表意か、なかなか意味深長である。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

そうだったのか語源⑬   −国名都市名その1−

今回は、国名や都市名についてエピソードを交えて触れてみたい。

まず、2016年にオリンピックが開催されたブラジルのリオデジャネイロ。

ブラジルの言語であるポルトガル語では、Rio de Janeiroと書くが、Rioは英語のriver、deはof、JaneiroはJanuary、つまり「一月の川」という意味である。この地はグアナバラ湾の入り口に位置しているが、初めてここに到着したポルトガル人はこの狭まっている湾口を川と誤認したため、発見した月にちなんでこの名前をつけたそうである。

同じく発見者により命名された国名で、これまた同じく南アメリカにあるアルゼンチンという国。

この国は、スペインに征服されたが、独立当時、リオ・デ・ラ・プラタ連合州(Provincias Unidas del Río de la Plata)と呼ばれていた。リオ・デ・ラ・プラタはスペイン語で「銀の川」を意味する。16世紀にこの地を踏んだスペインの征服者は、銀の飾りを身につけた原住民を見て、川の上流に銀の鉱脈があると信じてこの名をつけたそうである(ちなみにアルゼンチンは現在銀の産出量世界10位)。その後、スペインによる圧政を忘れるために、銀のラテン語表記の「Argentum」に、地名を示す縮小辞(-tina)をつけてArgentinaとし、日本語ではアルゼンチンと呼ぶようになった(銀の元素記号Agも同じ由来)。

ちなみにLa Plataは、首都ブエノスアイレスを流れる川の名として現在も残っている。

ラテンという言葉が出たところで、国名ではないがラテンアメリカという地域名について触れておこう。

これはアングロアメリカ(アングロサクソン系が主導権を握る国々=米国、カナダ)に対して付けられた名前で、中米から南米の国々を指す。

ラテンという言葉には「イベリア系の」という意味があり、これらの国々をかつて支配していたのが、ほぼスペインとポルトガルだったことに由来している。

さて、ラテンアメリカのコスタリカという国名。

Costa Ricaはスペイン語だが、英語ではrich coastとなり「豊かな海岸」という意味である。

ちなみに、同じラテンアメリカにエクアドル(=Ecuador)という国があるが、英語のequator、スペイン語で赤道という意味である。地図で調べると、たしかに赤道の上に位置している。equatorの(equa-)はequal=等しいと同源で、赤道は北極と南極から等距離にある線という意味である。

「海岸」に関連して、アフリカに行くとCôte d’Ivoire=コートジボアールという国がある。ある年代以上の方には、元フランス領の「象牙海岸」という名前の方が馴染み深いかもしれない。Ivoire (仏)は英語のivoryで、つまりかつての意訳がそのまま原語の仏語に戻されただけである。1986年、この国の政府が、自国名に対し、意訳による外名(第三者による特定の土地・民族の呼称のこと)の使用をやめるよう各国に要請したことによる。

Côteが出たついでに、フランス南東部の Côte d’Azur=コートダジュールは保養地として有名だが、Azur(アズュール)はフランス語で青を意味し、「紺碧海岸」と和訳される。「アズレンうがい液」という青い薬剤があるが、これも同じ語源である。

さて、今度は中東に目を向けると、ヨルダンという国がある。紛争の絶えないイスラエル、パレスチナの隣国であるが、国名はそこを流れるヨルダン川に由来している。ヨルダン川は、ヘブライ語起源の河川名で、聖書にも出てくるそうである。スペルはJordanだから、英語読みでは「ジョーダン」だ。この読み方だと、国名よりは人名を連想させる。

ヨルダンからやや北上すると、ジョージアという国があるが、この国名は最近耳にするようになった。力士の栃ノ心の出身国でもある。この国、アメリカの州名かと耳を疑いそうだが、実はかつて、ロシア語でグルジアと呼ばれていた。

英語でのスペルはGeorgiaだから、どちらの読み方もできそうである。

国連加盟国の大多数の国は、もともとこの国を英語読みのジョージアと呼んでいた。グルジアと呼んでいたのは、日本と中国、韓国と旧ソ連の国々くらいだった。2008年にロシアと武力衝突した旧グルジア政府は、翌年からロシア語由来のグルジアという呼称を変更するよう各国に要請していたが、結果として2015年以降、日本もジョージアと呼ぶようになった。国家間の関係が、国名の呼称にまで影響を及ぼすことは興味深い。

ちょっと離れて、インドネシアという国名は、「インド」に諸島を意味する接尾辞「ネシア(-nesia)」をつけたもの。

大航海時代にヨーロッパ人が主観的につけた名前で、インドの島々といった適当な意味だとか。同様に、タイ、ラオス、カンボジア等をインドシナ=Indochinaと呼ぶが、これもヨーロッパ人から見て「インド(India)と中国(China)の間」といった大雑把な命名である。

オセアニア=Oceaniaは大洋州と和訳されるが、スペルを見るとocean(オーシャン)からの命名とわかる。

一方、ユーラシア大陸のユーラシア=Eurasiaは、ヨーロッパ(Europe)とアジア(Asia)との造語である。

北に目を向けると、デンマーク領のグリーンランドという島がある。世界最大の島で、面積は日本の約6倍で、その85%は氷で覆われている。

名付け親は、ノルウェー生まれのアイスランドバイキング、エイリークという人物。

エイリークはグリーンランドに上陸するより前に、アイスランドを発見していた。 彼が命名したアイスランド(英語ではIceland)は、そのいかにも寒そうな名称故に入植希望者が現れなかった。その轍を踏まないよう、彼はこの地に入植希望者が多数現れるように、「緑の島」と名付けた。それがグリーンランドの由来であるが、それで入植者が現れるというのも何とも浅薄な気がしてならない。

ちなみにこの島の南部には緑の大地が広がっているそうである、念のため。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

 

そうだったのか語源⑫ -日本語よりわかりやすい外来語-

若い方はご存じないかもしれないが、舶来という言葉がある。

舶来品などという使い方をするが、今ではめっきり使われる機会が少なくなったように思う。還暦を過ぎた人間からすると心なしか寂しい。

同じように、ハイカラなどという言葉も最近は滅多に耳にしない。30歳台以下の方々にはかえって真新しく聞こえるかもしれない。

さて「舶」とは、沖にもやいして岸には着けない大きな船を意味する言葉で、のちに海を渡るような大きな船を指すようになった。「船舶」もこの意味で使われる。

高度成長期以前の日本人にとって、舶来品とは、海外から船ではるばる運ばれてきた(高級)品というイメージが、長い間コンセンサスになっていたような気がする。

さすれば、舶来という言語には、我々日本人の「列強」に対するコンプレックスが多分に含まれていたのかもしれない。

昨今の日本人は、「Made in Japan」を見て安心するところがある。誇らしいことに疑う余地はない。もはや、舶来に「高級」といった意味がなくなったため使われなくなったという側面も否定できまい。

ということは、高度経済成長期の弊害もあるが、ある意味、そこで日本人のアイデンティティを再確認できたという評価も成り立つ。

やや、いやかなり今回のテーマから外れてしまった。

閑話休題。

もともと日本語は、かなり繊細なニュアンス(すでにこういった外来語に逃げてしまっている)まで表現できる言語だった。

かつて日本人に対して海外から、コミュニケーションに伴う表情が乏しいとの指摘があった。それはひとつに、日本語という言語が素晴らしく表現力があるからではないだろうか。

例えば、我々世代の日本人が初めて覚えた英語は[This is a pen.]。

普通、「これはペンです」と和訳する。

しかし、もしかしたら「これはペンだよ」かもしれないし、「「これはペンだぜ」あるいは「これ、ペンなのよ」かもしれない。こういう微妙なニュアンスを、ジェスチャーや発声の抑揚を交えずに表現できるのが日本語の卓越した表現力と言えまいか。

また、和英辞典より英和辞典のほうが、原語に対する訳がずっと多いことでも、いかに日本がより多くの表現を持っているかを如実に物語っている。

ところが、現在では本来の日本語より外来語を使ったほうが、話者聴者双方の概念を一致させやすい場合があることも事実である。

先ほど心ならずも使ってしまった「ニュアンス」という言葉だが、「表現、感情、色彩などの微妙な意味合い、色合い」というのが日本語による解説だが、個人的には「機微」という日本語が最も近いような気がする。

しかし、現在の日本のGDPを担っている中心的な世代以降の世代(回りくどい言い回しをしているが、その辺の機微を斟酌していただければ幸甚である)では、機微よりニュアンスのほうがイメージ(また外来語である)が伝わりやすいのではなかろうか。

ことほどさように、身の回りにはそういった意味のわかりやすい、換言すればそれに相当する日本語のほうがわかりにくい言葉は枚挙にいとまがない。

あるいは、日本語を弁護するようだが、日本語だとあまりに意味が直接的で、それをオブラートで包んだような表現のほうが、意思の疎通に際し角が立たないのかもしれない。

幾つか例を挙げてみたい。

先ほど心ならずも使ってしまった「イメージ」もそうであろう。

「心の中に思い描く姿形、情景、心象」という和訳だが、「イメージ」のほうが日常生活に馴染んでいるのは、簡単、かつ短い言葉だからかもしれない。もちろん、日本語にはない「舶来」的軽快さもその要素と考えられる。

また、「フィーリング=feelingが合う」とは、直訳すれば「感覚が合う」ということだが、性格が合うとか、相性がいいといった意味合いも含まれているように思う。

そういった概念を緩く最大公約数的にまとめあげて、しかも逃げ道も塞がないようにするには、フィーリングという外来語が実に便利なのである。

コンセプト=conceptという言葉も同様な使われ方をしている。「概念、意図、構想、テーマ」といった意味だが、日常生活に定着したのはそう以前のことではない。「舶来」語を用いることによるモダンさ、あるいはアカデミックな響きが受けたのかもしれない。

しかし、「舶来」語もあまりに一般化すると、ある意味新鮮さを失うためか、また別の国の言語が使われるようになることがある。

これはお店の名前などにも言えることである。

「イメージ」を仏語で「イマージュ」と言ってみたり、「ウェディング」を同じく仏語で「マリアージュ」、英語の「エアー」を独語で「ルフト」(医学用語としてかつては頻用していた)、「ズボン」を「パンツ、ボトム(ス)」等々。

その他、外来語のほうが日本語より頻用されている言葉の例を幾つか挙げてみたい。

郵便投函箱→ポスト

自動車でどこかへ行くこと→ドライブ

周遊旅行、団体旅行→ツアー

周遊船旅行→クルーズ

制御、統制、管理、規制→コントロール

対比、対照→コントラスト

程度、水準、段階→レベル

隅、部分、区画→コーナー

首位、最高幹部→トップ

触覚、筆づかい、指使い→タッチ

訴える力、魅力→アピール

地位(の高さ)、身分(の高さ)→ステータス

主導権→イニシアチブ(イニシアティヴ)

感覚、感性→センス(既出)

要求、必要性→ニーズ

献立表→メニュー(仏)

予定表、番組表→プログラム

料理の作り方、調理法、秘伝→レシピ

やり方、技術、知識→ノウハウ

上品で落ち着いている様子→シック(仏)

衣装、服装、身なり、出で立ち→コスチューム

顔形、容貌、器量、外見→ルックス

知識階級→インテリ(インテリゲンチア)(露)

特定の分野物事を好み,関連品または関連情報の収集を積極的に行う人

→マニア(近年では「おたく」という日本語が存在感を示している)

情報媒体→メディア

新聞、雑誌の編集者、記者→ジャーナリスト

運動選手(とりわけ陸上競技)→アスリート

不調、低迷→スランプ

根源、起源、祖先→ルーツ

禁欲的な生き方→ストイック

助手、補佐→アシスタント

特に優れた品質として認知されている商品の名前や標章→ブランド

基準、基礎、土台→ベース

思想、観念、信条→イデオロギー(独)

階級制、階層制→ヒエラルキー(独)

()は起源の外国語、それ以外は英語

まだまだ枚挙にいとまがないが、エンドレスになりそうなので、このテーマについては一応のフィナーレとしたい。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

そうだったのか語源⑪  -社名について-

さて、今回はこれまでの流れから趣向を変えて、会社名の生い立ちに触れてみたい。

そこには、まず、会社創立に際しての生い立ちと思いの丈が感じられる。

まず日本の会社名において、トヨタ、ホンダ、マツダ等、「○田」と、「田」がつくものが多いが、これは先祖が農民だったことがうかがい知れる。これらの名前には、明治から大正、昭和へと、当時産業革命の流れの中、農業から工業への産業形態の遷移を感じられる。

「スズキ」も創業者の苗字そのものである。

では「ダイハツ」は如何。これがなかなか興味深い。

ダイハツは、わが国で最も歴史の長い量産車メーカーで、大阪工業高等学校、のちの大阪帝国大学工学部(現大阪大学工学部)の研究者を中心に、発動機製造メーカーとして創立された。その後工業化の中、「発動機」を企業名につけるメーカーが次々と出現したため、顧客のほうでどこのメーカーか識別するために「大阪の発動機」と呼称するようになり、いつしか「大阪発動機」、縮めて「大発」つまり「ダイハツ」となったのである。

日産はご存知の通り、かつてのコンツェルンである「日本産業」に由来する。

マツダは創始者の松田重次郎の名前に由来するが、MATSUDAではなくMAZDAである。これは、自動車業界の英知を願って、ゾロアスター教の全知全能の最高神アフラ・マズダー(Ahura=主 Mazda=賢明)にかけて命名している。

ユニークなのは、光学機メーカーである。

「ニコン」は、日本光学工業株式会社から派生した命名である。ちなみに、もともとは光学兵器メーカーである。

「キャノン」は面白い。

観音菩薩の慈悲にあやかりたいとの思いから、当時試作機にKWANON」(カンノン)と命名した。1934年のことである。翌年、世界に通用するカメラメーカーとして社名をCanonとした。面白いのは、現在でも正式な日本語表記は「キャノン」ではなく、「キヤノン」(ヤは大文字)である。

次に、現在社名が「コニカミノルタ」となった、かつての「ミノルタ」に触れてみたい。

「ミノルタ」は創業当時、「Machinery and INstruments OpticaL by TAshima」という英語の文字からとったものとされている。この名は、創業者の田嶋一雄によって名づけられたものであるが、『稔る田(みのるた)』の意味も含んでいるとされている。創業者の母が、「稔るほど頭を垂れる稲穂のように、常に謙虚でありなさい」と言っていたことを肝に銘じておきたかったからとも言われている。なかなかの命名である。

さらに面白いのは「ゼンザブロニカ」であろう。

知る人ぞ知る中判カメラの代名詞であるが、惜しまれつつも2005年に創業47年の歴史に幕を閉じた。

なんだかドイツのメーカーを思わせる社名であるが、れっきとした日本のメーカーである。

創業者は吉野善三郎。

彼の善三郎という名前と、ブローニーフィルム(中判カメラ用のフィルムの総称)を懸けて、「ZENZABRONICA」と命名した。

昨今知的財産の海外流出等が問題となっているシャープについて。

1915年、金属製の繰り出し鉛筆を開発した。その名はシャープペンシル。社名は一世風靡したこの自社製品の名に由来している。

ゲーム機のメーカーでは、セガとバンダイ、任天堂が面白い。

セガは、旧社名を「サービス ゲームズ ジャパン株式会社」といった。やや長く、覚えにくい名前である。そこで、Service Gamesの2文字ずつをとってSEGA=セガとした。

バンダイは、中国の兵法書の「永久に変わらないもの」を意味する「萬代不易(ばんだいふえき)」から命名したものとされている。

一方任天堂は、三代目社長が、「人生一寸先が闇、運は天に任せ、与えられた仕事に全力で取り組む」という社是を掲げたことに由来するとされている。

分野は違うが、資生堂の名は、中国の古典から引用しているそうで、「至哉坤元 萬物資生」がそれであるが、これは難しい。

「大地の徳はなんとすばらしいものであろう。全てのものはここから生まれる」という意味だそう。

これに比べて三省堂はわかりやすく、中国の論語の「吾日三省吾身」で、「私は日に三度我が身を振り返る」に由来しているそうである。

私は携帯を持たない人間であるが、ドコモはDo Communications Over The Mobile Networkの頭文字でできている。

決して「何処も」ではないのだが、日本人なら無意識にそう思い込むだろう。うまい命名である。

最後に、歯科関係者は誰もが知っているGCというメーカーについて触れておこう。

今でこそ、歯科器材メーカーとしてメジャーとなっているが、これはもともと東京池袋の化学研究所がその前身となっている。GCとは、General Chemistry(総合化学といった意味か)の頭文字をとったものである。ある年齢以上の歯科関係者は「而至」(ジーシーと読む)という社名を見たことがあると思う。

これは戦時中、敵国の言語である英語の使用を避けた際に、而至化学研究所という社名を使用したことの名残りであるが、戦後も長く使用されていたところを見ると、この会社が漢字のこの名前を気に入っていたのではないかと想像される。

企業の社名も、企業時の創業者の思い入れが偲べてこれまた興味深い。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

 

そうだったのか!語源⑩  −常用の外来語 その2− アナログとデジタル

これらの言葉は、すっかり日常生活に溶け込んで、日本語で説明するほうがずっと困難ではなかろうか。

デジタルという言葉が最初に日本で使われたのは、私のつたない記憶では腕時計だったような気がするが定かではない。

それまで時計といえば、長針と短針、さらに秒針が文字盤の中央の同軸上で回転して、それぞれ分と時間、秒を針の先端が指し示すものだった(言葉で表現するとややこしい)。1970年、世界初のデジタル腕時計が発売され、その後液晶表示になりあっという間に流布した。

一方アナログという言葉は、デジタルの登場によってそれに対比した形で使われるようになった。事実、それまでは針表示の時計をあえてアナログ時計とは呼ばなかった。

かような経緯のせいか、アナログが古くデジタルが新しいといった感覚が多分にあるようだが、元来の意味はかなり異なる。

analogはanalogyという英語から派生した言葉である。analogyには、類似や相似、類推といった意味がある。さらにその元となったギリシャ語のαναλογίαは比例という意味だとか。

この、そもそもの言葉の源である「比例」の意味に着目してみたい。

ここでいう「比例」とは、数学で用いる正比例などの比例とは異なる。

ここでは、ある物の状態を逐一別のある物で表示することを指す。逐一なので全ては連続して表示される。

つまりアナログとは、連続したもの(の変化)を他の連続した量で表示することである。

時計を例にすると、連続した時間の変化を連続した針の動き(角度)で表示する。

また温度計なら、連続した温度の変化を連続的に増減するアルコールの量(目盛りの値)で表示する、といった具合に。

一方のデジタルとは如何に。

まずdigitalだが、digital量は離散量と訳され、とびとびの値しかない量を指す。

そのもとのdigitとは、アラビア数字つまり整数を表すが、もともとは指という意味だった。

digitalis=ジギタリスという多年草をご存知の方も多いと思う。夏に鐘状花と呼ばれる釣鐘状の小さな花をたくさんつける。この花の形が指サックに似ていることから、digitという表現が使われた。

その指がデジタルとどう関係するのか。

数を数えるときに、古今東西を問わず、指を折るという習慣があるようだ。

「指折り数えて待つ」などという表現もある。

ちなみに、人間の指が通常左右で合計10本だったことが十進法の普及につながったという説もある。

つまりデジタルとは、ある物の状態を数字(整数)で表現したものをいう。

ちなみに、アナログはこれを実数で表示したものともいえる。

別の表現を使うと、アナログの小数点以下を四捨五入して一の位で表現したものがデジタルである(もちろん、小数点以下2位を四捨五入して、小数点以下1位で表現することもありうるが、いずれにしてもそれは実数ではない)。

整数は実数ではないので、たとえばアナログで、

1.2  1.3  1.4  1.6  1.8 と変化したものはデジタルではそれぞれ、

1    1    1    2    2   と表現される。

 

蛇足ながら、digitalの正確な日本語表記は「ディジタル」だが、我々日本人にはすこぶる発音しにくいので、通用表記として「デジタル」になったと思われる。

そういえば、Disney はかつての日本では、圧倒的に「ディズニー」でなく「デズニー」と発音する人が多かったし、Dieselも「ディーゼル」でなく「ジーゼル」だった。

近い将来、「デジタル」と発音すると若者との世代の差を感じるようになるかもしれない。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

「そうだったのか!語源」⑨  常用の外来語

今回は、頻繁に使う常用の外来語について考察してみたい。

さて、マニュアルと聞いて真っ先に連想するのは、取扱説明書、指導書、手引(書)という意味合いで使う場合と、自動車のオートマ(オートマチック)に対するマニュアルという使い方ではないだろうか。

マニュアル=manualのmanu-はラテン語のmanusが起源で、手や指を表すことばである。

前者の意味はどこから来るのか。

Concise Oxford English Dictionary(以下、COED)には、manualの訳のひとつに、

[a book giving instructions or informations]

とある。

これから類推するに、指導書あるいは解説書というのが元の意味に近いと考えられる。

仮にmanualに「手で持てるくらいの」という意味があるのなら、bookの前にhandy あるいはsmallといった形容詞があってもよいはずである。

ちなみに、手帳は英語では notebook あるいは pocket book という。

つまりこの場合のmanualには、指導、指南といった意味合いが強く、日本語の指と同義で「(指で)指し示すもの」を表していると考えるのが妥当ではなかろうか。

次に、後者の自動車のマニュアルは文字通り、manual transmissionの略で、手動の変速機のことである。

ちなみにtransmissionには、厳密には日本語の「変速機」という意味はない。

trans-は、「越えて」「横切って」「別の場所へ」という意味があり、missionは「伝える」という意味がある。

例として、transport=輸送(別の場所へ運ぶ))、TPP=Trans-Pacific PartnershipやTransam=trans American(アメリカ大陸縦断)等がある。

ちなみにmissionは「伝える」という意味で、transmissionは直訳すれば、「エンジンの動力をそこから離れたタイヤに伝える装置」ということになる。

ミッションスクールとは、キリスト教団体が異教世界でのキリスト教布教(伝える)のために設立した教育施設をさす。

マニュスクリプト=manuscriptは原稿という意味もあるが、文字通り訳せば手書きということになる。

マニキュア=manicureは手(や爪)の手入れ、 manufactureはもともと工場制手工業を指した。

我々に関係するものとしては、医療廃棄部処理の際に必要となるマニフェスト=manifestoがある。母音で終わっていることからも推測できるように、もともとはイタリア語で、「手で打つ」という意味だった。それが「手で感じられるほど明らかな」という意味に派生し、「はっきり示す」となり、声明(文)、宣言(文)を意味するようになった。

余談だが、足に関係するものにはped-が使われることが多い。

pedal=ペダル、pedicure=ペディキュア、pedestrian=歩行者用の(例、ペデストリアンデッキ)、pedller=行商人といった具合に。

さて以前、⑤でAED=Automated External Defibrillator について少し触れたことがある。

今回は、automaticとこのautomatedの違いについて考えてみたい。

日本人にはわかりにくい違いではないだろうか。

私も調べるまでは、AEDのAはなぜautomaticではないのかと疑問に思っていた。それゆえ今回調べるきっかけとなった。まさに無知は知なり。

automaticについて、COEDには、次のような説明が記載されている。

  1. (of a device or process)working by itself with little or no direct human control.

2.done or occurring without conscious thought.

1.→(装置やプロセスにおいて)人間によるコントロールが全くないかごく少ない

2.→無意識化で行なわれる動作や事柄

これらから、日本語で一般的に言うところの「自動」、あるいは「無意識」「自然な」といった意味が近いと思われる。

一方のautomatedは、「(工場、工程が)オートメーション化された」という意味合いが強く、機械により制御、コントロールされているもの、あるいは状態を指している。つまり、あくまでもあるプロセスにおいての機械による自動化である。

次のような表現が実際あるかどうかは定かではないが、automatic smileは自然な(無意識な)微笑みだが、automated smileは機械によって作られた微笑みで、ニュアンスは随分違ってくる。

したがって、AEDはあくまでも機械がそのプロセスを制御している装置であり、すべて自動でやってくれるものではないと捉えるのが妥当であろう。実際、周囲の環境や機械の設置,整備(水分を排除するとか)は人が行わなければならない。

昨今、自動車の自動運転化が急速に進みつつあるが、少なくとも現時点ではそれはautomatedの領域であり、真のautomaticになるにはまだまだ技術進歩のための時間が必要であろう。

そもそも、自動車の「自動」とは、自ら動く車という意味である。かつて動物や人力で動いた移動手段が、クルマ自らの動力で動いたためにこの自動車という名前が生まれたわけである。automaticとは程遠いものである。

(群馬県保険医協会歯科版掲載のための原稿)

「そうだったのか!語源」⑧   ー病名ー

今回は病名について触れてみたい。

 

  • 卒中

「卒」と[中]が結びついた言葉。

まず「卒」だが、「衣」と「十」から出来た漢字で、はっぴのような上着を着

て、十人ごとに一隊になって引率される雑兵や小者を表すとされている。小さいものという意味もある。一方、「にわかに」という意味もあるが、これは「猝」に当てたもので、にわか、すみやか、突然という意味をもっている。

また、小さくまとめて引き締めるという意味から、最後に締めくくるという意味となり、「終わり」の意味を派生したと言われている。「卒業」はこの例である。

やや話が長くなったが、卒中の場合、実は「にわかに」「突然」の意味で用いられている。卒倒はその一例である。

では「中」とはいかに。

これは元々象形文字で、旗ざおを枠の真ん中につき通した状態を表現したもので、真ん中の意味とともに真ん中を突き通す意味も含む。「中る」と書いて、「あたる」と読む。

つまり、的の中心を突き通すという意味、つまり「あたる」という意味がある。

「命中」「的中」などはこの用法である。

したがって、卒中とは、「突然起こる(あたる)」という意味の病名である。

もともとは卒中風(そっちゅうぶう、そっちゅうふう)の略とされ、「中風」「中気」とは、風など外界からの刺激にまともにあてられた病気という意味である。

最近よく耳にする熱中症も、熱に中る(あたる)という意味かと考えられる。

蛇足だが、中毒も、小毒と大毒の中間だから中毒というわけではなく、毒に中る(あたる)という意味である。

 

 

  • 結核

結核菌が体内に入ったとしても、必ずしも感染するわけではない。

多くの場合、マクロファージ等の免疫により排除されるが、ときに菌が体内にしぶとく残ることがある。その場合、免疫機能により、結核菌を取り囲み、「核」を作る。結核の名は、ここから来ている。

ところで、結核は英語でtuberculosis、略語でTB(「テーベー」は独語読み)という。

tubercul-は、ラテン語のtuberculm=芋から派生していると考えられる。

解剖用語では結節である。結節も、芋のように「ころん」としている塊りのイメージがあったのだろう。つまり、ぎゅっと凝縮されたもののイメージがtuberculmと考えられる。ここまでくると、ターヘル・アナトミアの世界に近い。

ちなみに、ツベルクリン(tuberculin)は、結核診断用の注射液。

 

  • インフルエンザ(influenza)

ご存知の通り、インフルエンザウィルスによって引き起こされる急性感染症で、日本語では流行性感冒と訳される。感冒とはその名の通り、感染して冒されるという意味で、なかなかの名訳だと思う。

ところで、influenzaという病名は、16世紀のイタリアでつけられた。英語のinfluence=影響、感作、感応と同源である。感冒と感作に同じ「感」の字があるので、やはり感染の意味からできた言葉かと思っていたら、どうもそうではないらしい。

インフルエンザは、毎年冬になると決まって流行し、春を迎える頃になると終息する。

そこで当時の占星術師らは、インフルエンザは、天体の動きや気象上の寒気の影響によって発生、終息すると考え、影響を意味するinfluenzaを当てたとする説が最も説得力がある。

 

  • 梗塞

国語的には、塞がって通じなくなることをいう。

医学的には、動脈が塞がることによって、その流域下の組織に壊死が起こることをいう。

「梗」には、芯になる硬い棒や芯のあるとげの意味があります。この「硬い」や「棒」というのが何を指すのか、勉強不足で分かりかねる。あくまで想像だが、「血栓」「塞栓」というと血液の塊という具体的なイメージが読み取れるが、「梗塞」には「栓」という具体的ものがない。したがって「梗」は棒状のもの、つまり血管を指すのかもしれない。あるいはやはり、芯のような「塞いだ物」を表している可能性も否定できない。

 

  • 麻痺

神経機構、あるいは筋機構の障害によって、部分的な運動機能が喪失、あるいは低下する状態を指す。

「麻」は、大麻、亜麻、黄麻等の総称。大麻は麻薬成分を含み、ここから「しびれる」という意味を持つようになり、「麻薬」「麻酔」「麻痺」といった言葉が生まれた。

「痺」は訓読みで「痺れる=しびれる」と読む。

したがって、「麻痺」は同義語の熟語である。

 

  • 不全

字のごとく、全うしないこと、きちんと機能しないこと。不全の前には器官等の部位あるいは機能が表示され、それが悪化した結果が「○○不全」となる。

 

・ 突発性 (とっぱつせい)とは、突然発症すること。

ex,突発性難聴 突発性発疹

特発性(とくはつせい)は、特定の原因が見つからないのに発症すること。  「原因不明な」を意味するidiopathicの日本語訳である。

ex,特発性心筋症 特発性癲癇