新医院完成間近

4月もすでに後半にさしかかりました。

新型コロナは変異株も含め、まだ終息は見えません。

でも季節は確実に進んでいきます。

医院の玄関前のモッコウバラは今年も咲き誇り、甘酸っぱい香りを漂わせています。

新しい医院の完成も間近、ゴールデンウィーク前後を使い、引越しとなります。

患者の皆様にはご不便をおかけします。

新築はめでたいはずですが、いろんな手続きや作業のことを思うと、寝ても目が覚めてしまうこともしばしば。

でもま、なんとかなるでしょう。

早春賦

3月もはや下旬にさしかかりました。

3.11から丸10年ですが、昨日の朝方、かなり強めの地震がありました。災害を忘れるなという警鐘でしょうか。

さて、今年は前橋でも桜の開花の便りも記録的に早く、今週末にも満開になるのでしょうか。

モズは秋の季語ですが、拙宅の庭ではよく春先に見かけます。

上の写真は餌をくわえたモズです。かなり鋭い鳴き声です。目の周囲に黒い筋が見えないところから、メスだと思われます。

下は拙宅ベランダのユキヤナギの赤花の品種です。

一足早い花見気分です。

そういえば昨日庭にいたらジンチョウゲのあの強い香りがしました。

10年越しのシクラメン

毎年、年末にシクラメンを頂戴します。

以前のものと比べとてもカラフルで、バラエティも豊富になりました。

頂いたものは皆、これぞ最高の自分とばかりに咲き誇ります。

完成された美しさ、でしょうか。

でも、最近はそういった経緯で頂いたシクラメンのその後の姿に惹かれます。

写真のシクラメンも、おそらく7、8年経過したものです。

形はそれなりに乱れていますが、野趣といいますか、必ずしも理想的な条件下ではありませんが、植物がそれなりの環境下で生きている姿を見るのは、また格別です。

また来年も幾つか花をつけてけくれたら、と思いつつ、がんばっているシクラメンにエールです。

 

小さい秋

かつては、「小さい秋」というと、晩夏ふとした風の涼しさに秋の気配を感じたものでした。

最近では9月は秋というより晩夏です。前半は、最高気温30℃以上の日が続きます。

今後地球はどうなってしまうのでしょうか。私は余生概ね20年から30年でしょうが、次の世代、そしてその次の世代に対して、どう「正」の遺産を残せるのでしょうか。考えると申し訳なく、そして空恐ろしくなります。

地球のキャパシティに対して、人間の影響力があまりにも大きくなってしまったのでしょうか。世代交代に際し、人間の理性や人格が積算されないのに、科学技術は蓄積し、飛躍的に高まっています。核というとんでもない技術を手にしても、その、人類にとっての有効利用を知らないのが現状です。

「猫に小判」「豚に真珠」ならまだよかったかもしれません。

猫が核兵器の発射ボタンを、豚がスカッドミサイルの発射ボタンを持ってしまったのです。

世代をまたいで理性が蓄積できたらと思うと、なんだか虚しくなります。

そんな、人間社会の行方とは関係なく「暑さ寒さも彼岸まで」、とにかく暑い夏が終わろうとしています。

アキアカネは、来年もまた同じ姿で我が家の庭に来てくれるのでしょうか。

梅雨近し

新型コロナウィルス感染拡大の先が見えない中、新緑を楽しむ心のゆとりを忘れがちでしたが、今年もバラが咲き乱れました。

今年は先手を打って、剪定ではなく黒点病の予防散布をしましたが、やはり防ぎきれませんでした。下葉は黄変し枯れ落ちましたが、それでも花は期待通りに咲いてくれました。

その中で、アマガエルが我ここぞとばかりにマイホームを仕切っていました。

右は、この時期にしては珍しい集中豪雨の翌日6/7早朝のダブルディライト。

我が家では定番のバラ。

同じ株から咲く花で、これほど個々に変化のある表情を持ったバラも珍しいのではないかと思います。香りは強いフルーツ系。

6月上旬なのに32℃、先が思いやられます。6月も中旬に差しかかろうとしています。入梅も間近でしょう。

ちなみに、アベノマスクはまだお目にかかっていません。 もう着けたくありませんが、「スピード感ある対応」とは何のことだったのでしょうか。

 

 

 

春なのに—

例年なら、もうすぐゴールデンウィークとうきうきしている時期ですが、今年ばかりは残念ながら事情が違います。新型コロナウィルス感染拡大に世界中が戦々恐々としています。 「ステイ ホーム」が今年の言葉になるんじゃないかと思うくらい、日常語となっています。 とにかく今は辛抱です。

でも、気持ちを切り替えて、「災い転じて福となす」「塞翁が馬」の諺を実践すべき時かもしれません。

今だからできること、今しかできないこと、これをピックアップしてみましょう。意外なほど多いはずです。

例えば、書類の整理、断捨離等、それをすること自体は大義でも、少なくとも成就感は十分感じられるはずです。

若い頃ならいざ知らず、65歳の私は外出しなくても数日間過ごす術、ではなく、とにかくやることは十分あります。田舎で、土地が広いこともあるかもしれません。

私は習慣として、次の休日までにすることをメモ用紙に箇条書きに書いておいて、実践したものに✔︎をつけ、できなかったものを次のメモ用紙にまた追加するというふうにしています。

最近は物忘れが多くなり、数分前まで覚えていたのに、その間に別の何かをするともう最初のことを忘れてしまう、こんなことの繰り返しです。なので、とにかく思いついたその時にメモするように心がけています。そのため、各部屋にメモ用紙を用意してあります。ただ、時には書いたメモの所在さえ分からなくなることもあり、呆れる毎日です。

さて、最初の写真は1週間前の玄関前のハナミズキ、もうひとつは診療所前のモッコウバラです。

黄色のモッコウバラは、その雰囲気はゴージャスなのですが香りが弱いと言われています。でも、このくらいのボリュームになると、周辺に結構バラらしい香りが漂います。

来年の今頃は、隣に新しい医院が完成しているはずです。こんな雰囲気が味わえるのも今回限りでしょうか。一方でコロナ禍も収束していればいいのですが。

モッコウバラは郵便受けにも覆い被さり、郵便配達の方には本当に「申し訳ありません」。

 

なごり雪?

 

昨日は夏日のような陽気でしたが、今日は一転して真冬のような寒さに。


満開間近の桜もさぞ驚いたことでしょう。

桜に雪が降る光景は、ここ前橋ではごくごく稀です。

で、寒い中、買い物がてら、敷島公園まで足を伸ばし花見と洒落込んだのですが、さすがカメラマンたちはタフであり、かつ写真のスポットをよくご存知で、雪の降る中、20〜30人ほどが、ベストショットを狙っていました。

私はといえば、車から出て1分ほどで震えながらそそくさと退散しました。

明々後日は4月です。

 

クロッカス

いまや日本中、いや世界中が新型コロナウィルスCOVID-19の感染拡大に戦々恐々としています。目に見えないだけでも厄介なのに、症状がはっきりしないケースが多いというのもさらに不気味です。

しばらくは感染しない、感染を広げない努力を個々に行うよりしかたないようです。

一刻も早く終息に向かうことを祈るばかりです。

さて、今年もまた車庫前のクロッカスが可憐な花を咲かせました。毎年本当に健気です。天気の良い日には庭でメジロがさえずっています。

春まであとわずか。

赤城山残照

関東平野の北西部に位置するここ前橋は、冬季は冬晴れの日が続きます。

同じ太平洋側でも、私が学生生活を送った仙台とは冬の気候は随分違います。

仙台では、晴れといっても一日中雲ひとつない青空の日は滅多にありません。雲が流れる晴れ、というのが適当でしょうか、晴れていても時折さっと曇る、そしてまた晴れる、まるでモーツァルトの変調のように。

そこにいくと前橋の冬晴れは、写真用語で言うところの「ピーカン」、雲ひとつない快晴の日が続きます。

ところが今年の冬はちょっと様子が違います。

北関東らしい快晴の日は少なく、晴れても仙台のように雲が流れます。

大陸の高気圧の張り出しが弱く、冬型の気圧配置が長続きしないためらしいのです。

1月13日、ちょっと珍しい赤城山の姿が見られました。

大部分は雲の陰になっていますが、東側(向かって右)の峰だけ陽が当たっています。雲が流れているためです。そして、たしかに手前上空には低い雲が見えます。

学生時代の第二の故郷の情景がふと蘇ってきました。